第40話 不退の決意を胸に・3

「”アムギーネ・フォ・エルサエルプ”は、邪教団アブコントゥ壊滅の使命を帯びた聖騎士”リーファ”の苦難の物語である!

 という事で、まずは聖騎士”リーファ”の人物像の紹介から始める!」


 こちらの気持ちを余所よそに、さっさと発表を始めてしまうカールへ、リーファは慌てて声を上げた。


「あ、あの、カールさん!その感想、私が聞かなきゃダメなんですか!?」

「堪えてくれ側女殿!これは、忍耐と集中力の訓練なんだ!

 至らないオレに課せられた師匠の試練なんだ!!」


 カールのの正体に、リーファのこめかみに青筋が浮かび上がった。


(あ、あんの、クソ師匠…!)


 分かってはいたが、やはりターフェアイトの仕業だったようだ。

 忍耐と集中力の訓練になるかはさておき、弟子達が困る様が見たくて課題を押し付けたらしい。

 きっとターフェアイトは今、カールのネックレスの中で大爆笑しているに違いない。


 ふと、カールがプレートアーマーを着込んだ理由を考えた。

 最近は、以前よりもずっと素っ気ないなと思ってはいたが。


「………その、顔は見せてくれないんですか…?」

「………………何事も、段階というものが、ある」

「あ、えっと。なる、ほど…」


 どうやら視線を合わせたくなくて、フルフェイス型の兜をかぶったらしい。プレートアーマーまで着たのは、バランスを考えたのだろう。


(まあ…発表する事考えたら、普通は顔合わせるの気まずいよね………可哀想に)


 同じ立場だったら、と考えたら、カールの心境が手に取るように分かるというものだ。


 師匠に振り回されているカールに同情していると、リーファの頭上から唐突に声が上がった。


「───上等兵」


 アランはテーブル上の洋紙をずっと見ていたらしい。洋紙に指を向け、カールに問いかけた。


「この聖騎士”リーファ”の人物像だがな。

 ”清楚、慈愛、長身、豊満、三十歳代”と言うのはどういった根拠だ?

 文章を通しても、それらしき記述は無かったと思うのだが」


 ギチリ、とプレートアーマーを軋ませ、カールはアランに体を向ける。その動きは緩慢で、嫌々な感情がありありと伝わってくる。


「…いたのですか、王よ。

 側女殿にしては随分悪趣味な椅子だな、とは思いましたが。

 これはターフェアイト師の弟子同士の課題なので、出て行って頂けますか?」


(わお)


 先程の取り乱した姿はどこへやら。カールは、リーファすら心中でびっくりする程の悪態をつく。

 本来ならば懲戒解雇相当の暴言だが、アランは愉しそうに口の端を吊り上げた。


「いやいや、そうはいかぬ。この本は、私もリーファを通して知っている。

 私が思い描いていた聖騎士”リーファ”は、”淫乱、小柄、痩身、二十歳前後”と思っていたものだから、その根拠が聞きたいのだ」


(ちょっ…?!)


 誰かと重ね合わせたような人物像に、リーファは抗議の声を上げようとした───が、アランの手がすかさずリーファの口を塞ぎ、封殺してしまう。


 リーファが文句も言えない中、アランを鼻で笑ったカールは得意気に自説をまくし立てた。


「ふっ、読んで考察するのと、ただ聞くのとでは、認識に差が出るも然りでしょう。

 オレは冒頭の、妹分と抱き合って別れを惜しむ所で”リーファ”の包容力を感じました。

 文面の先に光景を見ましたとも。彼女には、十代、二十代のではしえない母性がある!

 それに”リーファ”が性に乱れてしまうのは、司祭に刻まれた浄化の紋の作用によるものです。彼女の性分とは関係ない」

「ふふん。まだまだだな、上等兵。

 体つきが出来上がった三十路過ぎの女が、調教の末に”邪神の花嫁に相応しく成熟した”などと表現されるものか。

 そもそも、旅人ティムに劣情を抱き独り慰めるような”リーファ”が、果たして清楚と言えるのか?」


 アランも負けじと反論している。持論を押し付けたいカールと違い、アランは共通の話題で会話を楽しんでいるようだ。


(私の名前で楽しまないで欲しいんだけど…!)


 アランに捕まってしまったリーファは、もう虚無の境地で場が収まるのを待つしかない状態だ。


「あれはまさに、邪神ティエホムに繋がる伏線でしょう。

 彼の内にある邪神の魂に”リーファ”の紋が反応してしまった、と見るべきです。

 …と言うか、名前が一緒だからと、側女殿を重ねるのは如何いかがなものかと思いますが?」

「そちらこそ、ターフェアイトに無理矢理重ねるのはどうかと思うがな?」

「オレは…!別に師と重ねている訳では…っ!」

「ふむ。ならば………メイド長あたり、か?」

「えっ、なっ…!?」


 どうやら架空の人物設定から、自身の好みの女性を的確に当てられてしまったようだ。カールは、心の動揺に沿ってプレートアーマーをギシリギシリと軋ませた。


 まさか当たるとは思ってもみなかったのだろう。アランは目を細め、ご機嫌に笑う。


「ふっははは。おやおや、これはこれは。なぁるほどなあ…」

「は…話をはぐらかさないで頂きたい!!

 オレはただ、側女殿以外でモチーフを探しただけで、深い意味は───」

「いやいや、分かるとも。

 シェリーは、あの年代の男共にとっては高嶺の花でなあ。

 名前を覚えてもらう為、皆、血眼になってアプローチをしたものだ。

 今でこそが立ったが、”腐っても鯛”と言うべきか。

 美貌に陰りはあれど、まだ当時の一端は辛うじて垣間見えると───」

「何、を───」

「ん?」


 カールの雰囲気に変化が生じ、アランは勿論リーファも彼に目を向けた。

 彼が着用しているプレートアーマーが、全体的に小刻みに震えていたのだ。


 黙して微細な揺れを繰り返している様子は、不具合を起こして挙動がおかしくなっているリビングアーマーのようにも見えた。

 しかし、次の瞬間に振るわれた長広舌ちょうこうぜつで、カールが怒りに打ち震えていたのだと気付かされる。


「何を馬鹿な事を!

 メイド長殿は、今がまさになのだと、何故分からないのですか!?

 陰りを帯びた面差し!荒れた肌を化粧で覆い!隠しきれない精神的不調を何とか律する御姿!!

 昨今はお手入れの甲斐あって、幾分かマシになってきているようですが!

 でもオレは、ひたむきなメイド長殿が良いのです!!!」

「ん?む、うん。そう、か。

 ………そう、だな………?」


 共感しようと話を逸らしたようだが、思っていた以上に趣味が合わないと気が付いたらしい。アランは困惑した様子で、カールの主張に相槌を打っている。


「女性は!ただ若ければ良いというものではないのですっ!

 確かに、若い女性はただそれだけで魅力的かもしれませんっ!ですが───!!」


 年上好きと思われるカールは、本当に魅力的な女性の年齢を滔々と語り出す。ガッションガッションと身振り手振りで自説を主張するカールは、官能小説の感想会などよりもずっと熱意に溢れている。


(………戸棚の整理、したいなー………早く終わらないかなー…)


 口元を解放したアランの手は、落ち着かない様子でリーファの背中を撫でている。

 何となく助けを求めているようにも思えたが、生憎カールを止める方法はリーファも心当たりがなかった。


 ◇◇◇


 結局カールの主張は、駆けつけたシェリーが繰り出した足払いによって終了する事になった。


 シェリーに踏みつけられているカールが、心なしか嬉しそうに見えたが、リーファは深く考えない事にした。

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