第12話 打ち合わせ・5~選択

「売春宿は、城下にある”ニュムバの泉亭”に行ってみようと思ってるんです。

 以前、仕事を探していた時に勧められた事があって…。

 あそこなら酒場の給仕もあるので、お客が付かなくてもそれなりにお給料は頂けるらしいんです」

「”ニュムバの泉亭”………ああ、あそこか」


 声を上げたのはカールだ。


「カールさん、行った事あるんですか?」


 隣にいるカールに訊ねると、彼はリーファから顔を逸らし、気まずそうにぼそぼそと教えてくれる。


「ど、同期に付き合って、何度か、な。

 あそこはここの兵士も何人か利用している。

 側女殿を知らない兵士や役人はいないし、側女殿ならばすぐに客が付くだろう…」


 カールを見ていたアランが、だんだんと青ざめていく。リーファが客を取る光景でも想像してしまったのだろうか。狼狽うろたえた様子で首を左右に振っている。


 気恥ずかしそうに、しかし満更でもなさそうに、カールは言葉を続けた。


「ま、魔力を循環させる術、というのも興味がある。

 お、オレも、側女殿が、生活に困窮しているので、あれば、て、のも、やぶさかではない…」


 耳まで真っ赤にしているが、これは紛れもなくお得意様宣言だった。


 カールの目的は先に言った術の指導のようだが、やる事は売春と変わらないのだ。リーファもつい恥ずかしくなってしまい、頭を掻きつつも何とか笑顔を取り繕った。


「な…なんか照れますね。でもその時は、よろしくお───」


 ───ダンッ!!


「駄目だっ!!!」


 派手な音と叫びによって、場は一気に静まり返った。

 見れば、アランはテーブルの天板に握り拳を叩きつけ、悲痛な面持ちでうつむいていた。


 皆が皆、アランを視界に捉える。状況を静観していたヘルムートは無表情で、カールは侮蔑の眼差しを向けた。リーファも、真面目な面持ちでアランを見据える。


 拳を置いた体勢のまま動かないでいたアランだったが、やがて怯える様に震え出した。


「駄目だ…っ、そんなのは絶対に駄目だ…っ!」


 声を震わせ否定の言葉を零すが、アランの口から具体的な解決策は出てこない。我が儘ばかりを言う子供の様に、誰かが都合のいい言葉を投げかけてくれるまで、拒絶を繰り返し続けている。


(こんなに、無力なのね…)


 ついには両手で顔を覆ってしまったアランを見下ろし、リーファは先のげんをほんの少しだけ後悔した。


 売春宿の話は、あくまでどうしようも無い場合の話だ。

 リーファは側女として多少なりとも謝礼金が支払われる。呪いの解呪代、魂騒動解決の報酬金、魔術指導の給金は殆ど手を付けておらず、いきなり実家に戻されても当面は困らないだろう。


 ヘルムートはああ言ったが、彼の性格を考えれば密かにアランを支援してくれるはずだ。

 しかし、アランのこの取り乱し振りを見るに、彼が考えている”周囲からの支援”はそこまでだ。


(頼りになる人、全くいない訳じゃないと思うんだけど…。

 アラン様の性格だと、多分頼ろうとは思わないんでしょうね)


 城内にはアランの兵役時代の同期が何人かいて、今でも顔を合わせれば会話くらいはしているという。

 地方との繋がりはよく分からないが、兵役時代には地方へ赴いていたというから、全く知人がいないという事はないはずだ。

 南の国ヴィグリューズの女王ブリセイダは、アランと個人的な親交があり、定期的に手紙のやり取りはしている。


 しかしこういった繋がりを頼るという事を、アランはしようともしない。

 ”罰”という形を取らなければリーファの実家に転がり込む話を持ち出せないのだから、アランを取り巻く世界が如何いかに小さいのかを感じさせる。


(アラン様には、外との繋がりをもっと強くしてもらいたいけど…。

 今は、選択肢を増やしてもらう時間はないものね…)


 リーファは席を立ち、アランのいるソファの側に膝を下ろす。


「…私も、アラン様以外の方と好んで肌を重ねたいとは思っていません。

 でも今すぐここを離れるとしたら、そういうお金の稼ぎ方も考えないといけないんです」


 うつむき憔悴しているアランに、リーファは真横から優しく問いかけた。


「魔術を覚えて、王として私を側に置きますか?

 それとも王位を捨てて、商売女になった私と庶民の暮らしをします?」


 とても意地の悪い言い方だった。

 どちらかしかない、と思わせる口振りだ。本当なら色んな選択肢があるはずだと、リーファも良く分かっている。


 だが大切なのは、、という事だ。


 その意味をアランも理解しているのだろう。彼は肩を落とし、何とかその言葉を絞り出した。


「頑張る………頑張るから………。そんな風に、自分を蔑ろにするな…!」


 ようやく前向きに考えてくれるようになって、リーファは胸をなでおろした。カールは蔑むように鼻を鳴らしたが、ヘルムートは安堵の吐息を零していた。


 リーファは体を起こし、アランを包むように肩を抱く。頭を撫で、なだめるようにあやすように、アランを励ました。


「アラン様が努力家な事は、私もよく知っています。

 びっくりするような魔術を披露して、デルプフェルト様をあっと言わせられるよう、頑張りましょうね」

「………………」


 アランは無言のままリーファの体を抱き寄せ、膝の上へと招く。リーファの腰に回された手は、力強くも何かを恐れるように震えていた。


((…逞しくなったもんだ))


 水晶玉はカールの手元なのに、何故だかターフェアイトの声が聞こえて来たような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る