第11話 打ち合わせ・4~提案

「───はいはい、そこまでにしてください」


 ぱんぱん、と両手を叩き、ヘルムートがカールに掴みかかろうとしていた所を止めた。話は聞いていなかったが、恐らくカールの暴言に我慢出来なくなったのだろう。


 全員がこちらに向いたのを見計らって、リーファは話し始めた。


「アラン様、ヘルムート様。おふたりは念の為、デルプフェルト様に期限の延長を交渉して下さい。

 それがもしダメなら…強引な方法ですが、何とか魔術を発動する形だけは取り繕います」

「で、出来るの?」

「要は、自身の魔力を外へ出すコツさえ掴めればいいんです。

 雑に言えば、魔力の流れを知って動かし方を理解すれば、後は呪文を唱えるだけで魔術は発動します」


 席を立ち、リーファは魔術書をしまっている棚に近づいた。一番右上にある和綴わとじされた本を手に取って、ソファに戻って来る。


 橙を基調とした花柄を派手に散りばめた表紙を開き、目的のページを彼らに見せた。


 中身を見た瞬間、アランは困ったような表情をして、ヘルムートは眉間にしわを寄せ、カールは苦々しく目を伏せた。

 それもそのはずだ。そのページには、男女が色事に耽っている絵が描かれていたのだから。


「男女で交わりながら魔力を循環させる術、というものだそうです。

 健康法に近いものなんですが、考え方は先の話と同じものです。

 昼の間は他の方法で勉強して頂き、夜はこちらでコツを学んでもらいます」


 絵の周りには、見慣れない文字と一緒にラッフレナンドの公用語も書かれていた。興味を持ったターフェアイトが文字を解読して追記したようだ。


 アランは文章を読みながら、口元を押さえた。にやけてしまいそうで堪えているらしい。


「こ、こんな方法があるのか…!?」

「世界は広いね…」

「し、しかし、昼も夜も魔術の訓練では、王はともかく側女殿の負担が大きすぎやしないか?」

「王はともかくって…」


 カールの指摘にヘルムートが文句を言いそうになったが、リーファは気にせずに答えた。


「なりふり構っていられませんから。

 ………私は、アラン様に退位して欲しくないですからね」


 リーファの気持ちを受けて、アランは眉根を寄せた。不満そうに唇を尖らせている。


「雑貨屋をしてみたいのではないのか?私との生活は不満だと?」

「ええ、してみたいですよ。

 あの日色々教えて下さって、これほど頼りになる人もいないとも思いました。

 でも、幾ら何でも二ヶ月後の結果次第では早過ぎます。先立つものも資材も何もかも足りないんです」

「そんなもの、王から幾らでも巻き上げれば───」


 何か言おうとしたカールに水晶玉を手渡す。受け取ったカールはほんのり光を放つそれに意識を向け、言いかけていた文言を止めた。


 ターフェアイトに話しかけられているのだろう。水晶玉を愛おしく頬ずりしているカールを無視して、リーファは話を続ける。


「このままでは店を立ち上げる事もままなりません。

 だから、もしここから出る事になったら………。

 とりあえず、宿って思うんです」

「「───!?」」


 身を竦めて頬を染めると、アランとヘルムートは絶句した。


(…よし)


 思った反応をしてくれて、リーファは内心安堵した。とりあえずアランの気を引けただけでも大成功だ。


「な、な、な───なんで、そうなる?!」


 動揺に顔を歪め声を荒げるアランに、リーファは淡々と答えた。


「私、アラン様には良い生活を送って頂きたいんです。

 美味しい食事、綺麗なお洋服、掃除の行き届いた家…。

 一人暮らしの時はお金がなければ、一日一食で済ませたり、ほつれた服は継ぎを当てたり、何とかなあなあで済ませられましたけど…。

 アラン様と一緒なら、もっとちゃんとお金はかけないといけないじゃないですか」

「そ、そんな事までお前が考える必要はない!金の工面なら私が幾らでも───」

「君が個人で使えるお金は、そう多くはないよね?」

「!?」


 割って入ったのはヘルムートだった。

 さっきまで感情が赴くまま怒鳴っていた彼だったが、自身の務めを思い出したかのようにアランを説き伏せだした。


「退位時の隠居費用は、王の功績によって変わるけど…。

 君はまだ正妃を迎えてないし、功績と言ったら魂騒動の取りまとめと城の改築位だ。

 在位期間はたったの二年。王として目立った事をしていない君に、店を立ち上げるだけの隠居費用は渡せない」

「ヘルムート………お前…!」


 理路整然と言われてしまい、アランの表情が険しくなっていく。


(元より、計画性なんてない話だものね…)


 かつてリーファが先王オスヴァルトに取り付き王位継承の手続きをした時、リーファは勿論アランも退位時の隠居費用を確認していた。恐らくその頃から、『退位して隠居費を手に入れ、どこかで穏やかに暮らす』考えがあったのだろう。


 しかしアランが見た隠居費用は、”五十年以上王として国を取りまとめていた先王の為の手当”だ。先王の場合、魔王軍の侵攻阻止や建国に関わった女性の聖女認定なども内訳に含まれていた。

 即位してから二年程度のアランとは、状況が全く異なるのだ。


 正妃を娶っておらず御子もいないアランの場合、”王の務めを果たしていない”と見なされ、最悪無一文で放り出されてもおかしくはない。

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