第10話 打ち合わせ・3~覚悟
ヘルムートは冷めた藍の目でカールを見下ろし、憮然と告げる。
「上等兵。君に発言権はないよ」
「いえ、オレは王の魔術指導の補助を側女殿から依頼されています。
オレにも意見する権利はあります」
カールはそうヘルムートに説いてみせ、アランに顔を向けた。
「オレは”道の数”は多いのですが”集中力”が欠いている為、師匠からは『どこまで教えてやれるか分からない』と言われてきました。
しかし、一ヶ月でどうにか魔術を使えるようにはなりました。
王もあるいは、とオレは考えます」
((───へえ))
ターフェアイトが声を上げる。その声音からは失望や呆れのようなものはなく、どうやら感心したようだ。
彼女は弟子の意見に対し、素質の問題で無理なら『無理』とはっきり言うが、技量が追い付いていないだけならば『やるだけやってみな』と言うタイプの師匠だ。
カールの意見にこの反応を示したという事は、恐らく『出来なくもない』と考えているのだろう。それがどんなに周囲を巻き込み、過酷な手段だったとしても。
アランはカールを鼻で笑った。目を細め、愉しそうに訊ねる。
「ふん、どういう風の吹きまわしだ?上等兵。
私が失脚すればそちらは大喜びだろうに」
「ええ、オレは大喜びです。むしろ二ヶ月と待たずにさっさと退位して頂きたい。
しかし務めを終えた側女殿を巻き込むのは、筋違いというものです。
王は、どこか独りで路頭に迷えば良いかと。
それが嫌なら、死に物狂いで魔術を覚えると良いでしょう。
それ程の覚悟があるのならば、オレも仕方がないですが手伝って差し上げます」
敬意など微塵もなく敵意すら帯びたカールの言葉に、ヘルムートは見る見るうちに表情を
「き、君、その言い方はあまりにも不敬だよ!?
王に対するその態度、どういう処罰が下るか分かっているんだろうね?」
真正面から罵倒されたはずのアランは、何故かとても嬉しそうに口の端を吊り上げていた。ヘルムートを手で制し、うんうんと
「いや、上等兵の正直なところは好感が持てる部分だ。許す」
そんな反応をするなど思ってもみなかったのだろう。ヘルムートはアランを二度見して、
「は───はあ?!何言ってんのアラン!」
「ありがとうございます。───ありがたいなどとは微塵も思いませんが」
「い…いやいやいや!こんなの、絶対許さないんだから!
アランを
アラン、退位だなんて僕が許さないからね!?
さあ、今からでもデルプフェルトに発言を撤回してくるんだ!」
「断る。既に準備は進められているのだ。王に撤回の文字はない!」
「はっ、魔術の事を大して知りもしないのに、よくもそんな大口叩けましたね?
王としての器ではないのではありませんか」
「上等兵、君本当に歯に衣着せないね!?」
「うむ、許す」
「許すなー!!」
いい歳した男達が、女性以上に
((…なんだこれ。痴話喧嘩かい?))
リーファとターフェアイトは、まとまりそうもない言い合いの中でぼんやりと光景を眺めていた。
アランは
リーファはカールを盗み見て、一つの疑問を抱いた。
(…何でカールさん、こんなに気に掛けてくれるんだろう…?)
カールとは魔術やターフェアイトに関わる話くらいはするが、世間話をする機会はあまりない。
兵士の仕事中は干渉出来ないし、魔術の話もターフェアイトの残留思念を渡してからは一気に頻度が減ってしまった。
側女の務めを終えたリーファがどう生きようと、彼にはあまり関係ないはずだが───
((ひひ、惚れられてるんじゃないかい?))
ターフェアイトの推理を、リーファは即否定した。
(ある訳ないでしょ。カールさんはほら、強気な年上の女の人に『アンタって本当ダメなやつだねえ』って言われて喜ぶタイプの人だと思うけど)
((ふっははは。そこは否定しないねえ))
(しないんだ…)
何だか惚気話を聞かされた気がして、リーファはげんなりした。
(まあでも、アラン様の事は
アランはどこの貴族とも懇意にはしていないようで、一方でカールは騎士の家系だと言う。
家が絡むのか個人的な話なのかは分からないが、アランとカールの間に何かの確執があったとしてもおかしくはない。
(それにしても…二ヶ月かあ…)
考えても仕方のない事は置いといて、リーファは目の前の問題に頭を悩ませた。
カリキュラムの見直し、ゲルルフに認めてもらう規模の魔術の選定、精度の高い発動体の製作───カールは大見得を切ったが、実際これら全てを二ヶ月で行う事はかなり難しい。
カリキュラムはかなり削る必要があるし、発動体も既存の物を頼るしかないだろう。それでいて魔術の選定だけは妥協出来ないから、ここだけは慎重に考えなければならない。
はっきり言って、こうして無駄な言い合いをしている時間すら惜しいのだ。今すぐにでも何かから始めたい。
((何とかしようって思ってるのかい?王サマは、王位なんざどうでもよさそうだけど))
時間以上に、問題はそこだと言える。
未知の知識を得る為に一番必要なのは意欲だ。失敗した先の事ばかり考えているアランには、それが決定的に欠けている。
『失敗したら後がない』───不退転の決意を持たなければ、魔術の初歩すら習得出来ないだろう。
(私は、退位して欲しくないし)
((魔術の雑貨屋開いて、あまぁい夫婦生活楽しめばいいじゃないか))
(………私だって、ここでしたい事はあるんだから)
((…ふうん))
そう相槌を打って、ターフェアイトは黙り込んでしまった。ほんのり光を放っていた水晶玉はその輝きを止めてしまっている。
大人しくなってしまった師匠を見送り、リーファは独り考えを巡らせた。
(師匠は、私にも『無理』だとは言わなかった。
私も痛みを───いや、覚悟をすれば、あるいは)
全く手がない訳ではなかった。ターフェアイトと具体的な指導方法を模索していた時、一つの案を提示されていたのだから。
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