第13話 魔術特訓昼の部・前編

 ───こうして、アランの魔術の特訓は始まった。


 まず真っ先に行うべきは、自身に存在する魔力の流れを知る事。

 普段どのように動いて、どう考えれば思うように動き、どうやって外へ流して行くか。

 それを知る為、魔力剣の使い方を理解していく事が必要となった。


 ◇◇◇


 演習場は、再建と魔力障壁の設置によって利用価値が劇的に変化した施設だ。

 従来の剣術、弓術、柔術の指導に加え、魔力を用いる武具の指導がより重きに置かれるようになった。

 最近は柔術に魔力を籠める指導が加えられ、相手の体格を無視して繰り出せる技の研究が進められている。


「むぅうううぅぅうう───」


 深く息を吐き、アランは手に持った魔力剣に魔力を注ごうと力を籠める。刃はほんのり光を帯びるようになるが、文字を浮かび上がらせるにはまだ魔力が足りない。


 カールはそんなアランの背中に手を当て、魔力を剣へ押し出す補助をしているのだが。


「なんて脆弱な魔力の流れだ。これではそよ風を起こす事すらままならない。

 本当にやる気があるのですか?王よ」

「指導を買って出たのだから、ちゃんと手伝ってほしいのだがな上等兵。

 先程からちっとも補助を感じないのだが?」

「補助をアテにしないで頂きたい。

 オレの仕事は王の不安定な魔力を安定させる事なのですから。

 …ほらほら、その程度なのですか?」

「ぬううぅ…!」


 カールに挑発され、アランは歯を食いしばり悔しそうに唸るが、魔力剣に帯びる光は少し強くなっただけだ。

 そのささやかな変化に、カールは呆れた様子で溜息を吐いた。


「は、嘆かわしい。これでは側女殿の売春宿行きが確実になってしまう。

 ご存じですか?『最近毎晩側女殿の部屋から、王らしからぬあられもない声が聞こえてくる』と、兵士間で評判になっています。

『側女殿の売春宿行きが決定したら、あのような持て成しを受けられる』と楽しみにする兵士もいるのですよ?」


 一生懸命剣に集中していたアランの顔に驚愕が混じる。体が震え、持っている剣の切っ先がぶれ始める。

 感情がたかぶれば、魔力剣に流れる魔力も不安定になるはずだが───


「ま…まさか話したのではあるまいな?!退位の話は口外禁止だと───」

「ええ、退位の話は言っておりません。

 ですから、『年始の魔術披露で王が恥を掻いたら、罰として側女殿が売春宿行きになる』と広めておきました。

 この話に、王に対して憤慨する者三割、側女殿に同情する者五割、側女殿の持て成しを受けたい者二割と、なかなかの結果になりましたよ」

「じ、上等兵っ!貴様───!」

「そういえば”ニュムバの泉亭”では、商売女一人に複数人をまとめて相手させる事も可能だとか。

 側女殿には恩がありますから、友人を伴って毎日でも通わせてもらいたいですねえ」

「じょおぉとおぉぉへいぃぃぃぃっ!!」


 アランの怒りに満ちた叫びが演習場に響き渡る。


 大声を上げながら特訓に励んでいるふたりを、演習場の外から眺める者がちらほら見られる。

 城の改修時、食堂に演習場の風景を視聴出来る視聴板を設置したので、もしかしたらふたりの姿を見ている者は結構いるかもしれない。


「…あの王サマ、すごいねえ」


 具現化させたターフェアイトは観客席に積まれた魔術書の上で足を組み、演習場のやりとりを半ば呆れた様子で眺めていた。


 隣にいるリーファは、持っている魔術書のページをめくりながらアラン達を盗み見る。

 魔力剣に注がれているアランの魔力は、カールに煽られる度に少しずつその量を増やしている。その増え具合も安定しており、暴発の心配はないように見える。


 煽って哄笑しているカールの補助が不安定な為、魔力剣のフェミプス語は浮かび上がったり消えたりと落ち着かないが、この負荷がある意味訓練になっていると言えるかもしれない。


「…うん。普通、怒りの感情は集中力を不安定にさせるものだけど、陛下は逆に安定するのね…。

 これなら魔力剣の訓練は早く終わるかな…」

「いやうん、そっちじゃなくてさ。

 ああまで言われてカールに殴りかからないの、スゴイんじゃないかい?

 何?王サマって女寝取られて興奮するタイプ?」

「え、そっち?」


 リーファは思わずターフェアイトに顔を向けてしまった。魔術書サイズの師匠は心底愉しそうにリーファを見上げている。


 ターフェアイトが楽しいだけの問いかけに答える必要はないが、考えに行き詰まった今なら気分転換位にはなるかもしれない。魔術書を開いたまま、膝の上に伏せて置いた。


「う、うーん。陛下、『処女は面倒』って言うけど、『他の男に股を開いた女は気に入らない』とも言うのよね…。

 最初は意味分からなかったけど…」

「ああ。そりゃあ”面倒な自分にずっと付き合ってくれる女が好み”なタイプだ」

「うん…そういう、事、なんだろうね…」


 意見が一致してしまうのは癪だが、男性の肉体にも取り付いた経験を持つターフェアイトがこう言うのだから、多分間違いではないのだろう。


「側女殿が、お、オレに何と言って媚びたか、い、言いに行って、あげますよ!

 も、もももも、もし、『か、カールさんの方が、いい~』なんて言われたら、どど、どうしましょうかねえぇ?!」


 カールの煽りはどんどん良からぬ方向へ向かっている。鼻息荒く顔を真っ赤にしてどもりながら言う事じゃないはずだが、挑発は止まらない。


「馬鹿を抜かせ!リーファが私以外の男で満足するか!!

 そちらこそ、入れ揚げて有り金全部払わないよう気を付ける事だなぁ!?」


 リーファの売春宿行きは嫌がっていたはずだが、アランもおかしな所で反応している。


(ふたりとも、私がここにいるの忘れてる…)


 居た堪れない気持ちでリーファは溜息を吐いた。こちらに気が付いた途端、気まずくなって落ち込む未来が見えた気がした。

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