第21話 その気持ちに他意はなく・5
感情的になって失敗した事は一度や二度じゃない。堪え性がない自覚だってある。
しかし、自覚があるからと言って改善できた試しはなく、いつもそれで失敗して後悔して落ち込む、という事をカールは繰り返してきた。
こんな性分だから、ターフェアイトもアメジストのネックレスを贈っただろうに、結局肝心な所で活かせていない。嘆かわしい話だ。
だが、さすがに今回は『堪え性がない』で済むような話ではない。
リーファに問い質したく、側女の部屋に近づいて。物音が一切しなかったので、扉を開けたら天蓋付きカーテンが閉ざされていて。
解呪の光景を見せたくなくて、隠れてやっているのだと想像はついた。血族にだけ伝わる妙技だ。人目は出来るだけ避けたいだろう。
だが、仮にカールには使えない技術であっても、好奇心には逆らえなかった。
カーテンをそっと開けて───その光景を見てしまった。
『呪術かい?あいつの性分じゃ合わないだろうし、見向きもしないと思うんだけどねえ』
感情がざわめいた。
一ヶ月もの間、飽きずに聞いた声だ。妙に艶っぽく、思慮深さが乗った声音。
聞き間違えるはずもなかった。
(ターフェアイト師…!!)
リーファの背中しか見えなかったが、そこには間違いなくターフェアイトもいたのだ。
姿は見えなくとも、生前と何ら変わらず弟子との会話に興じているターフェアイトの声を聞いて、気持ちが弾んだ。
『………………そ、それは、頑張って耐えて?』
『耐えれてないじゃないかい。あんたが』
『だ、だってえ…アラン様は、一度似たような事があったし…。
あの時のアラン様、すっごく怖かったんだから…!』
だが、とても楽しそうなふたりの会話を聞いていて、すぐに心が
何故自分には何も喋ってはくれないのか。
何故自分の気持ちに応えてくれないのか。
こうしてふたりの会話は聞こえるのだ。普通に会話に入っていけるはずだ。
リーファだけが独占するなんて、あんまりだ。
感情が、全ての行動を真っ白に染め上げた。そして。
───気が付けば、リーファに詰め寄っていた自分がいた。
既に師の声は聞こえず、ベッドの上で押し倒されて恐怖に身を震わせた女しかいなかった。
王に止められ殴られなければ、もっと酷い事をしていただろう。
何から何まで自分の落ち度ばかりで、どうしてこうなんだ、何故こうなってしまうんだと、只々自分を責め続けた。
◇◇◇
2階の執務室に移動し、カールは執務椅子に座る王に
(懲戒解雇だったら首を掻っ切って死のう。そうでなくとも腹を掻っ捌いて詫びよう)
不義を理由に城を解雇されれば、ラーゲルクヴィスト家の面汚しだ。城にいる事が許されても、リーファに顔向けは出来ない。当然の結論だった。
ギースベルト派が認めていない王とふたりきりという、ラーゲルクヴィスト家としての責務を全うするまたとない機会だというのに、心が挫けて剣を取る気力も湧かない。
死ぬ気満々生きた心地がしないカールを
「少し前に、リーファから悩みを打ち明けられてな。
ターフェアイトから君への指導を引き継いだというのに、上手く接する事が出来なくて悩んでいる、と言っていたのだよ」
「は」
叱責でも説教でもない話から切り出されて、カールは相槌とも疑問ともつかない吐息を零した。
カールとリーファのやり取りは、王から見たら最悪の状況だった。
激情に駆られ、カールを血祭にしていてもおかしくはない有様だったはずだが、そんな事は些事と言わんばかりだ。
「私は考えた。
リーファは教え方こそ丁寧だが、上に立ち導くやり方は向いていない。
そして君は、自分を引っ張っていける人材の下でこそ真価を発揮するタイプだ」
この王が自分の何を知っているんだと苛立ちもしたが、リーファについては同意するしかなかった。
リーファはカールの質問に逐一答えていける知識量はあるが、自ら教えて行こうという気概に欠けていた。
カールの兵士としての立場と、システム管理者としての立場を天秤にかけて、どうしても兵士としての立場を重きに置いてしまうようなのだ。今は、城のシステム維持を最優先に考えなければならないのに。
「リーファに君の指導は向いていない。しかし、システムをリーファひとりに任せる訳にもいかない。
その為に私は、リーファにターフェアイトの残留思念を探させたのだ。
───君の足りない部分を補う為にな」
「───っ」
思ってもみない話に、カールは息を呑んだ。
カールは、確かにターフェアイトの残留思念を望んでいた。出来れば直に顔を合わせ、対話を重ね、未熟な自分を支えて欲しいとは思った。
だからリーファよりも早く、何とかして手に入れたいと思ってはいたが。
「…それは、オレに、ターフェアイト師の残留思念を、受け取れ…と?」
「おかしい話ではないだろう?
ターフェアイトの残留思念が意思を持って現世に留まり続けているのは、君達の姉弟子の一件で証明されている。
ならば今残っている残留思念をかき集め、それに君の指導をさせる。十分、可能な話だ」
(分かって言っているのか…?)
どこか愉しんでさえいる王の言葉に、カールは不信感を露わにする。
ラーゲルクヴィスト家は、王家の血統を重んじるギースベルト派だ。
先王と側女の子である王の存在を、カールは快く思っていない。世代を超えて対立してきた事ぐらい、王も知っているはずだった。
城のシステム掌握は、王にとって最も重要な要素だ。権利を有している者は、自分の派閥である方が望ましい。
だからリーファが魔術の指導に消極的なのは、カールに力をつけさせない為だと思っていたが。
「でしたら、何故オレに予め話して頂けなかったのですか。
…オレは、側女殿がターフェアイト師を独占しているとばかり思っていました。
最初から話して頂ければ、こんな…」
そこから先は言葉にするのを
今の今までどこか勝ち誇った表情を浮かべていた王だったが、カールのその言葉で顔を曇らせた。
「空色の髪留め、シルクのスカーフ、ラベンダーのネイルオイル───」
「!」
「何の事か、分かるか?」
唐突に話を変えられたが、それが何を指すのかはカールが一番良く理解していた。
口止めをしていた訳でもなく、仮に出所を誤魔化したとしても、この王を騙し続けるのは不可能なはずだ。そういう異能を持っている話は、兵士間でも有名なのだから。
「オレが、側女殿に贈ったものです………指導の、礼として」
正直に答えると、王は満足げに
「リーファからも聞いている。新しい魔術を教える度に、何かしらの物を貰っていると。
…君は、恋人のいる女に身に着ける物を贈るのはマナー違反だとは思わないか?
自分の女が、見知らぬ男からの贈り物を身に着けていると知った私の心境を、考えた事はあるか?」
王の棘のある物言いに、ついもやもやしてしまう。
(器の小さい王だ…)
しかし王の狭量はともかくとしても、側女の醜聞がきっかけで、自分に面倒事が降りかかる事態は避けたいのだろう。
ある意味、この王を失墜させる手の一つにもなり得るが。
(………………)
リーファの姿が脳裏によぎる。カールに、魔術の一端を教えてくれた女性。
彼女がいなければ、ターフェアイトの弟子になるきっかけすらなかっただろう。
彼女が
(…オレは別に、彼女を貶めたい訳じゃない)
すぐに考えを改め、カールは王に首を垂れた。
「…配慮が、足りていませんでした………申し訳ありません」
「ふむ。男ばかりの環境では、そちらのマナーに疎くなるのも道理か。
今度兵士全員に、社交界のマナーを学ぶ機会を設けるとしよう」
心にもない謝罪だと分かっているのだろう。王も傲慢な態度で溜息を零す。
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