第22話 その気持ちに他意はなく・6

「───話を戻そう。

 そんな具合で、君は本来なら仕事の一環であるリーファの指導にも、礼をもって返す性分だ。

 これがもし私からターフェアイトの残留思念を授けた場合、君は素直に喜んでくれるだろうか?

 より一層、私に忠節を尽くす誓いでも立ててくれるだろうか?と思った訳だ」

「…このラッフレナンド城の兵に志願して、王に忠節を尽くせない者がいるとでも?」

「いるさ。彼らは私に忠節を尽くしたい訳ではないからな。

 ?カール=ラーゲルクヴィスト上等兵」


 不穏を瞳に宿し、王がカールを睨み上げる。藍の双眸がカールを射貫き、息が止まりそうになる。

 乱れかけた呼吸を正そうと努めながら、カールは言葉の意図を探る。


(この王は、オレをギースベルト派だと認めた上で挑発してくるのか…!

 オレが鞍替えする気がないと分かった上で、ターフェアイト師と引き換えに忠節を尽くせと。

 なんて悪辣な…!)


 自分に嘘がつけないカールに、上辺だけの忠誠など誓えるはずもなく。

 これはただの嫌がらせだった。


「…はい。オレの心は、ギースベルト家に捧げています」

「だろうな」


 答えは分かっていたのだろう。王は何故か心底嬉しそうに微笑んだ。


「という訳で、何とかこっそりターフェアイトの残留思念を君に与えて、忠節はともかく城のシステムは万全にしておきたかったのだが…。

 リーファがヘマをして、君に計画がばれてしまった。

 これではもう、かき集めたターフェアイトの残留思念はこっそり渡してやれない」

「…っ」


 歯噛みしているカールを見上げ、王は意地の悪い笑みを浮かべている。


「欲しいか?だが計画を知られた以上、私に忠節を尽くす以外に渡す術はないが」

「…不要、ですっ…!」

「そうか、それなら結構。

 リーファも心配していた事だし、今日までにかき集めた残留思念は姉弟子の下へ送らせるとしよう」


(ああ…)


 無慈悲な決定が下り、カールの心の置き場がどん底まで落ちた。


 手が届く場所にあった。声をかけられる位置にいた。

 なのにこの性格が災いして、その可能性を遠くへ追いやってしまった。


「そしてカール=ラーゲルクヴィスト上等兵。

 側女の部屋へ許可なく侵入した罰として、明日一日兵舎で謹慎するように。

 始末書は書かなくていいから、少し頭を冷やすといい」


 やらかした不祥事に対する罰は、あまりに軽いものであった。なかった事と同義と言えたし、頭というよりはむしろ腫れた頬を冷やす休養時間だとも思えた。


「…そうだな。君は、ターフェアイトからネックレスを貰っていたな。

 それを預からせてもらおうか」


 だが、追加で下された制裁にカールの血の気が引いた。


(この王は、オレから何もかも取り上げようというのか…!?)


 手のひらを出してきた王に怯み、カールはその場から一歩下がる。


「こ…これは、オレが個人的に貰ったもので…!」

「術具による補助は、あくまで補助と聞いている。最終的に自制出来るか否かは、本人次第だと。

 君は、そのネックレスに頼りきりになっていないと言い切れるか?

 ネックレスを一度手放し、素の状態で考える時間が必要なのではないか?」

「………っ!」


 理由としてはあまりに真っ当だったから、より一層腹が立った。

 だが腹が立った以上に、カール自身にとっても必要だという自覚もあった。


(この王に、それを指摘されるというのが気に食わないが…!)


 王の手に、外したネックレスを預けたカールの手は震えていた。

 受け取った王は、そのネックレスを大事そうに一度胸元で握りしめ、執務机の上へ置く。


「…うむ、確かに。

 リーファに渡しておくから、明後日彼女から受け取るといい」


 更に難題を突き付けられ、カールの顔が渋くなる。そして同時に、先の光景が思い起こされる。

 ベッドの上で身を震わせ、まくれかけたスカートを押さえ、泣きそうな顔でカールを見上げていたリーファの姿が。


 心が揺らいだ。焦っていたとは言え、なんであんな暴挙に及んでしまったのか。


「…側女殿を、怖がらせてしまいました。オレには、合わせる顔がありません…」


 消沈したカールを眺め、王は侮蔑を込めて鼻で笑った。


「ふん、あの程度の事で怯むような女ではないよ、リーファは。

 そういう意味では、私はこの城の誰よりもあの女が怖い」


 リーファに対する王の寸評に、カールはいぶかしんだ。

 城内で見かけるふたりは仲睦まじく、王がリーファを困らせる事案はあっても、リーファが王を困らせる話は聞いた事がない。


(伽の話か…?馬鹿馬鹿しい)


 低俗な話だと分かれば、部外者であるカールには一切関係ない。罰は下り、ネックレスも今日は戻らないならば、これ以上ここにいるのは無意味だ。


「もう、退出してもよろしいでしょうか…?」


 露骨に嫌な顔をして見せると、王は何を考えたか、今思いついたと言わんばかりに話を変えてきた。


「ふむ、では君に一つ聞いておこう」

「まだ何か?」

「君は、リーファに劣情を催した事はあるか?」


 下らない話に興じる気は毛頭なく、カールはせせら笑ってきっぱりと言い放った。


「…はっ、ご冗談を。側女殿は、オレの姉弟子でしかありません」

「…いいだろう。行っていいぞ」

「失礼致します」


 つまらなそうに唇を尖らせた王に背を向けて、カールは一礼もせずに執務室を出て行った。


 ◇◇◇


 結局カールは、次の日ずっと兵士宿舎の自室に引きこもった。

 寝間着のまま、何も食べないで、何も飲まないで。

 扉のノックにも応じる事はなく、ベッドに寝そべったが眠る事はせず、ただ天井を見つめ続けた。


 いけ好かない王に言われたから頭を冷やしていた訳ではなく、頭の中がぐちゃぐちゃで整理に時間を費やしていただけだった。

 ターフェアイトの残留思念に対する未練。取り上げられたネックレスが無事返って来るかの不安。王の嫌がらせへの鬱屈した想い。リーファへの心残り。


 リーファに対しては、明日どう声掛けをしようかも悩まされた。詫びに何か贈り物の一つでもと考えたが、王からケチがついたから何を渡すのも躊躇ためらわれた。


 落ち着こうと首元を触り、ネックレスはないのだと気付かされ、


(ああ、死にたい)


 と考えるが、


(せめてあのネックレスだけは、手元に返ってきてほしい)


 と思い直す。


 こうして無為に時間だけが流れて行き、何の問題も解決する事はなく、夜は更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る