第20話 その気持ちに他意はなく・4

「か、か、か、カール、さんっ…!?」


 リーファの頬から冷や汗が零れていく。体の震えが止まらない。


(誰にも気づかれないように、一番安全な場所で進めてたのに…。

 よりによって、カールさんに気付かれるなんて…!)


 ずる、とベッドの中で後退をしていると、カールはリーファを凝視したままぼそりぼそりと喋り出した。


「先の言葉………違和感が、あった…。

 師の、宗教家に対する考え方………。

 あれはまるで、最近聞いたかのような口振りだった…」


 そう言われ、リーファは先の会話を思い出す。宗教の話は存命中に聞いた話だったのだが、聞きようによっては最近聞いた言葉のようにも取れたかもしれない。


 どうやらその真偽を確かめる為にこの部屋に来たらしい。この側女の部屋に。


「そこに、ターフェアイト師はいるな…?」

「それは、その」


 カールが姿を現した時点で、ターフェアイトはリーファの背中に隠れていた。


 リーファは後退しつつ、ターフェアイトの具現化を解いた。白い綿のような形状に姿を変えたターフェアイトは、後頭部の髪飾りに戻っている。今探られても、見られる心配はないが。


「何故、隠す…?」


 カールがベッドに乗り上げてきて、リーファの恐怖が三割増しした。


(こ、この状況は色々まずい…!)


 誤解が生まれないようベッドの上を後退するリーファだが、カールは余裕で迫ってくる。


 下がるのは諦めて、リーファは両手で制しながらカールを説得した。


「せ、説明します!しますから!お願いですから場所を移させて下さい!」

「何故場所を移す!?やましい事がなければ今でもいいはずだ!」

「な、何故って…!」


 本当に分からないのか、それとも判断がつかない程腹を立てているのか。カールにこちらの意見は聞き入れてもらえないようだ。


「もういい…!」


 業を煮やしたカールがリーファの腕を乱暴に掴み、手元に引き寄せた。


「あうっ…!」


 抱き寄せられ、カールはリーファが隠していたと思い込んでいた背中を探る。だが当然いるはずもなく、カールの視界にはしわくちゃになったシーツとリーファの背中があるだけだ。


「師匠!どこだ、ターフェアイト師匠!!何故だ、何故オレには応えてくれない!?」


 カールはベッドに向けて、どこにいるかも分からない自分の師を呼ぶが返事はない。


 彼の表情から焦りが生まれる。どうにもならないもどかしさから、リーファを乱暴に突き飛ばした。


「きゃあっ!」


 ベッドに倒されたリーファの上に、カールが乗り上げてくる。


 カールの吐息が顔にかかり、手がリーファの側のシーツを歪ませる。身じろぎも出来なくなり、リーファは反射的に身を竦めた。


「物に隠したか?それともその服の中か?

 側女殿、オレも手荒な事はしたくな───」


 互いの名誉の為にと、リーファが覚悟を決めかけた時───唐突に、カールの体がベッドから離れて行った。


「は」


 当のカールも呆気に取られていた。どうやらその後ろにいた影が、カールの首根っこを掴んで引き寄せていたようだ。


 カールよりも上背のあるその影は、彼をベッドから引きずり出して、


 ───ガッ!


 有無を言わさず、カールの頬を思いっきり殴りつけた。なす術なく、カールが床に転がされる。


「同じ仕事をする者同士、仲良くあれとは思ったが───」


 カールがその姿を捉えて顔を歪めている。リーファも、見慣れた背を眺め驚いた。


「主の目を盗んで逢引をしろ、とは言ってないのだがな」

「アラン様…!?」


 カールを殴りつけたのは、この城の主アランその人だった。


 リーファの体に鳥肌が立った。

 側女の部屋は、基本アラン以外の男性の立ち入りは許されてはいない。ヘルムートの出入りはアランが許可しているからであって、普通は不義を疑われる行いとして認められていないのだ。


 なのにカールはこの部屋に押し入り、ベッドにいたリーファに迫ってきた。

 理由はどうあれ、不義を疑われても仕方がない状況だ。


「あ、あの、アラン、様。これは、そういうのじゃなくて…!」


 冷や汗をだらだら垂らしてアランに弁解しようとしたが、アランはこちらをちらりと見て、心底愉しそうに笑っている。


 男女の修羅場に似つかわしくないアランの面持ちを、リーファは怪訝な顔で眺め───ふと、アランがこの状況を理解していたのだと気が付いた。


「まさかアラン様、見てたんですか!?」

「上等兵がこの部屋を探っていたのを、見かけただけさ。別にわざとではないぞ?」


 と、アランはいけしゃあしゃあとのたまう。


(人が…悪い…!)


 リーファは、口から出かかった罵倒をどうにか飲み込んだ。この場にアランがいなければ、より状況は深刻になっていただろう。


 アランは、尻もちをついて呆然としているカールを見下ろした。その藍色の眼差しはとても冷たく、寒気すら帯びているようだ。


「カール=ラーゲルクヴィスト上等兵。

 私は君に言いたい事があるし、君も私に言いたい事があるだろう。

 話し合いの場を設けてやってもいいが、ここは私とリーファが睦み合う部屋でな。相応しいとは言い難い。

 ───執務室で話そうではないか。ふたりきりで」


 カールはようやく、自分が禁を犯した事に気付いたようだ。殴られた頬が腫れていくのとは対照的に、顔色は死人のように土気色に染まって行くのが見て取れた。

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