第19話 その気持ちに他意はなく・3
ラッフレナンド城3階、側女の部屋へと早足で帰ってきたリーファは、靴を脱いで天蓋付きベッドに飛び込んでカーテンを閉じ、内側の灯りを照らした。
まだ寝るには早く、体調が悪い訳でもない。こうでもしないと、この城では誰かが声を聞き取ってしまうからだ。
右手をかざし、サイスを実体化する。ベッドは狭いから、大きさは草刈り用の農具程度にしてある。
「師匠、出てきていいよ」
そう促すと、
目の前に移動してきたそれに手をかざし具現化を促すと、綿のようなものは形を変え、濃鼠色の豊かな髪、赤紫色のワンピースを着た女性の姿を取る。扇情的な体つきだが、身の丈は赤ん坊程度しかない。
「これでいいの?師匠」
「おーう、そうそう、これこれ」
白い綿だったもの───ターフェアイトの残留思念は、上機嫌にベッドの上に乗せられた白い本の上で飛び跳ねている。
(まさかこんなに残留思念が眠ってるなんて…)
目の前の師匠を見下ろして、リーファは大きい溜息を吐いた。
───姉弟子リヤンに渡したサークレットを見て、リーファは考えたのだ。
『もしかして残留思念がまだ残ってるのでは?』と。
そして合間を見ながら研究室を調べて行った結果、結構な数の物品に呪いとして付与されていた事が分かったのだ。
とても迷惑な話だが、恐らく自分の名前を持ち物に書く感覚で呪いを付与して行ったのだろう。
見つけては解呪、見つけては解呪を繰り返し、気が付けば残留思念はこれほどまでに大きくなってしまった。
残留思念の具現化の大きさは、魂の本来の大きさに対し、どれだけの割合の残留思念を具現化するかで決まる。
ターフェアイトの場合、残留思念の大きさ自体はバンデの魂と同じくらいだったが、魂本体はこれの何十倍もの大きさだ。割合で言えばかなり少ないと言えるから、具現化したものもこの大きさに納まっている。まさに規格外だ。
「ほらほら、解呪するからどいてどいて」
「えっ、あっ、やーん。どこ触ってんだいっ」
懐かしそうに白い本に張り付いていたターフェアイトを摘まみ、ベッドに転がしておく。
続けてサイスを振り上げ、リーファは白い本に向けて叩きつけた。
───ぱちゅんっ!
閃光と共に何かが弾けるような音を立てて、解呪が成功する。光の粒子がキラキラと本から飛び散って、辺りに散らばったと思ったら、近づいてきていたターフェアイトに取り込まれて行く。
「ふんふんよしよし、いーんじゃないかい?」
大きさなどに変化はないが、ターフェアイトはご満悦だ。
サイスを消し、リーファはターフェアイトに訊ねた。
「呪本の中には、師匠の残留思念はもうないのね?」
「ああ。後は小道具かねえ。宝石箱、衣装ケース、ワイングラスに…ティーセットなんかにもつけた覚えがあるよ。
…そういや、趣味で描いた自画像にもつけといたかね。あれは会心の出来だったからねえ」
「ほんっとうに持ち物に名前書く感覚なのね………信じられない…!」
こめかみに青筋が浮かび上がる程の怒りをどうにか堪える。正確な数が分からない以上、この残留思念の記憶を頼るしかないのが悔しい。
「そういや、カールが部屋にいたねえ。
こっちの様子を気にしてたみたいだったけど」
ターフェアイトの言葉に、リーファは研究室でのやり取りを思い出した。
カールの
あの研究室はカールの手に余る物品が多いから、あれこれ制限されていて
「寒さ対策の話はしてたけど…多分嘘よね。呪本に興味があるのかな…」
「呪術かい?あいつの性分じゃ合わないだろうし、見向きもしないと思うんだけどねえ」
「でもこの前、カールさんに残留思念の話しちゃったし。カールさんも、師匠の残留思念を探してるのかも…」
カールの崇拝振りからつい思いついてしまい、ターフェアイトから抗議の声が上がった。
「はあ?ちょっ、勘弁してよ。何で言っちまったんだい」
「リヤン姉さんの事、カールさんに言わない訳にいかないでしょ。
大体、残留思念は私にしか見えないんだから、探すだけ無駄でしょう?」
「そりゃそうだけどさ………あんたなら耐えられんの?
どこにいるかもしれない残留思念相手に、延々と名前を呼んでくるヤツとかさ」
ターフェアイトの言葉に、ついアランを相手としてイメージしてしまう。
リーファの所持品を手に取って、『リーファ…リーファ…』と呟きながら求め続けるアランを。
アランだと、より容易く想像できてしまうのが酷い。ぶるっと震えて、思わず体を抱き寄せた。
「………………そ、それは、頑張って耐えて?」
「耐えれてないじゃないかい。あんたが」
「だ、だってえ…アラン様は、一度似たような事があったし…。
あの時のアラン様、すっごく怖かったんだから…!」
「あー…確かにあの王サマならやりかねないよねぇ…」
ターフェアイトもアランの性分は何となく理解できるようだ。肩を竦めてみせている。
───と。
「───側女殿」
「ひゃあああああっ!?」
本当にあった怖い話に引きずられ、いきなり背後から聞こえてきた声にリーファは半ば発狂した悲鳴を上げた。
同時にちゃんと覆っていたはずの背後のカーテンが開け放たれ、ベッドへ部屋の明るさを差し込んでくる。
「これは一体どういう了見なのか…?」
恐怖に震えて恐る恐る振り返ると、そこには一人の青年がいた。
黄金色の髪は軽く波打ち、後ろの方は編み込んで結わえている。菫の花のような紫色の双眸に怒りを宿し、整った顔立ちは悲しみを湛えている。
言わずもがな、カールだった。
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