第12話 厄介者は災厄と共に・4
湧きあがる感情で胸がいっぱいになって、村だった方へと顔を向けた。
改めて思い出せば、いくらでも彼女との記憶は蘇ってくる。
「”
誠実に育って欲しいし、語感も彼女の名前に似てるから”
鬱蒼と植物に覆われている、村だった場所。
リゼットを育て、ラウルと引き合わせた土地でもあり。
リゼットを死なせ、ラウルを殺しかけた土地でもある。
そして最後は、ラウルが滅ぼした村だ。
「…この村を滅ぼしたのって、やっぱりそういう事?」
側に寄ってきたリャナが廃村を見下ろし問いかけてくる。
ラウルは静かに
「…ボクは、身籠ったリゼットと駆け落ちする気でいたんだ。
でも、ばれちゃって…。
リゼットはどこかに連れて行かれるし、僕も死にかけるしで、大変だったんだよ」
思い出せば、傷が
◇◇◇
───尻に矢が打たれ、腰に斧が落ち、腹に
気付けば角は折られ、
でも。
『逃げて、ラウル!!わたしのことはいいから!生きて、お願い───!』
家族たちに引きずられ視界から消えたリゼットの言葉に突き動かされ、人間達を蹴散らし、ラウルは最後の力を振り絞ってその場から逃げ出した。
リゼットの行方は心配だったが、ラウルと違って彼女は村の一員だ。
魔が差したのだと、バイコーンに
そう、願う他なかった。
そして、ラウルは幾つかある住処の一つに転がり込み、静かに死を待った。
そこら辺に臓物をまき散らして帰ってきたのだ。生きていられる可能性などなかった。
こうしているのは、自分が醜く死んだ姿を、リゼットに見せたくなかっただけなのだから。
なのに。
『───おお、これはすごい。
こんなに血の臭いを撒いて、こんなに死にかけてるのに、オレにはあんたが死にそうに見えない』
穴倉の入口に小さな生き物が座っていた。
(ウサギって喋れたっけ…?)
薄れゆく意識の中でそんな事を考えていたら、それは軽快に飛び跳ねて横たわるラウルに近づいた。
『これはオレが手助けするから死なないのか?それとも他の誰かが手助けするのか?
いやいや、もしかしたら自力で何とかしてしまうのかもしれないが。
手を出すのはルール的にどうなんだというのもあるが、このまま放っておくのは良心が
何かの演技をしているかのように大仰に身振り手振りしていたそれは、やがてうんと
『よし、あんたを助けてやろう。なあに、礼などいらんさ。なんだかこっちの方が、面白そうだと思っただけだからな。
しかし体の内側が色々と足りんなぁ………。土地の魔力を吸い上げて自己治癒を促せば、時間がかかるが動ける程度に再生成できそうか?
まあまずは傷塞ぐところかな───』
うろうろしながらああだこうだと独り言を呟くウサギの声が、次第に遠くなっていく。冷たくなっていた体がおもむろに温かい何かに包まれて行き、心が安らぐ。
(リゼット───どうか、元気で)
心が溶かされる直前、ラウルは愛した人の無事だけを祈って目を閉じたのだった。
◇◇◇
「…誰かに助けられて傷が癒えて。
人間の姿に化けて村に行った頃には、リゼットはもう死んでて、墓だけが残ってた。
血が上るって、ああいう気分なんだって初めて知ったよ。
気が付いたら目につくものを片っ端から踏み潰してて、
ラウルの過去を、リャナは黙って聞いてくれていた。愛想の良いサキュバスの少女も、さすがに真顔でいるしかないようだ。
「服役してた時も出所した後も、何もかもどうでもよくってさ。
でもリゼットの墓から離れがたくて、こうして戻って来ちゃったんだよね…。
…せめて戸籍を探ってれば、子供が生きてるか生きてないかくらいは分かったのにな…。
馬鹿だなぁ、ボク…」
「それはしょーがないでしょ。
あっちだって、ラウルさん生きてるって思わなかったみたいだし。
好きな人が死んでれば、そのお腹の子も死んでるって思うのがフツーじゃない?」
リャナのフォローが心に染みる。心根が優しいのか、サキュバスとしての性分なのか、彼女の受け答えは実によく出来ていた。
(…そういえばリゼットは、どうやって子供を育てていたんだ…?)
半分はラウルの姿を受け継いだ子ならば、リゼットの両親は是が非でも子供を殺そうとしたはずだ。
リゼットが守っていたとしても、独りでは限界があっただろう。
「…子供が生きてたって事は、生かしてくれた人がいたのかな…?」
「最後は奴隷商に引き取られてったらしいね。その間は、誰かの手は借りたかもね」
「…この村に、そんなヤツいたのかなー…」
かつての村に思いを馳せる。
村と接点を持った事はなかったから、リゼット以外は皆敵だと思っていた。
でも、中にはリゼットと仲が良かった友人がいたのかもしれない。子供の事を助けてくれた人間がいたのかもしれない。
何も考えずに全てを壊してしまったラウルの心が沈む。
あの時は後悔などしなかったのに、事実を知らされ今更自責の念が圧し掛かる。
塞ぎこんでしまったラウルの横に来ていたリャナが、憮然とした面持ちで訊ねてきた。
「それで、どうすんの?」
「…え?」
「その、リヤン?バンデ?のとこに行ける石、今借りてきてるんだけど、行く?」
リャナがポケットに手を突っ込み、その中から一つの宝石を出してきた。
虹をまるめて石にしたかのようなカラフルなそれを見てもピンとは来なかったが、一緒に見せてきた腕輪で出所時の出来事を思い出す。この土地に返ってくる時、一緒について来てくれた看守が使っていた腕輪によく似ていた。
宝石が示した先に高速移動が出来るアイテム”橋渡しの腕輪”。そんな名前だったはずだ。
「え?───えっ、えっ、えっ?行く?行けるの?行っていいの!?
行く!───あ、でもちょっと待って!めかしこまないと!っていうか土産持ってかないとダメだよね?
いやあのでも心の準備がっ、準備があっ」
いきなり子供の所へ行ける事になり、さすがにラウルは慌てた。
いつもくたびれた生活を続けていたから寝ぐせは酷いし、歯は磨いていないし、水浴びもしていない。かと言って『今日は行かない』とか言ったら、きっと永遠に会う機会が失われそうな気がする。
「あたしの村も…こんな感じだったのかなぁ…」
住処に慌てて戻ろうと森を走り出すラウルの耳に、リャナの呟きが掠める。
彼女がどんな気持ちでその言葉を吐き捨てたのか、自分の事でいっぱいいっぱいだったラウルには気付く事も出来なかった。
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