第11話 厄介者は災厄と共に・3
「…それで?魔王様の姫が、ボクに何の用?」
「ああうん。手紙を送るように頼まれたの」
リャナはそう言って、背中のリュックサックを降ろして手紙を取り出そうとしている。
(…今日って何の日だっけ?)
昔見かけただけのサキュバスとの再会、久々の会話、久々の手紙と、日常にはない出来事が怒涛のように流れてきて、ラウルは困惑した。
生まれてこの土地よりそう遠くへ行った事はないし、知り合いだって数える程しかいない。
村の襲撃をして服役を終えてからは引きこもり、わずかな知り合いとも距離を取るようになってしまった。
(服役後も大人しくしてたヤツを対象に、支援が受けられるサービスの紹介とかあるのかなぁ…?
いやでもそんなの、今まで来た事なかったし…あるとしたら…やっぱり誰かのいやがらせかな…。
ゾルターンかアルチーデあたりの悪ふざけで…いや、でもあいつら手紙なんて書かないよな…。でも、まだ代筆の可能性だって…)
色々考えを巡らせても、決定打となるようなものは出てこない。
やがて考えるのも面倒になって、ラウルはがっくり頭を下げた。
「…今度はどこのバイコーンだい?
誰だか分からないけど、大方自分たちがやらかしたヘマをボクのせいにしたいんだろう?嫌んなるよ、全く…」
「悪いけど…あ、や、悪い訳じゃないんだけど?とにかく、恨みつらみの手紙じゃないんだ。
ハーフのグリムリーパーの女の人だよ」
今度こそ心当たりのない種族の名が出て、ラウルはより一層困惑した。
「え?…ハーフ?グリムリーパー?」
「むしろ、朗報、かな?
とりあえず預かった手紙は、読み上げた方がいいのかな?」
取り出した封筒を見せられ、ラウルは戸惑った。
真っ白な封筒には赤い封蝋がされていた。刻印は、獅子と馬と冠と剣が描かれた本格的なもののように見える。
見知らぬ者から送られた心当たりのないそれを、リャナは『朗報』だと言った。
信じて良いものか、しばし考え込んだが。
「…よく分かんないけど、ここら辺の言葉ならボクにも読めるよ。
地面に広げて、重しの石を置いてくれるかい?」
「うん」
手紙を見ただけで、何があるという訳ではないだろう。朗報だろうが悲報だろうが、手紙位で驚く事など何もない。
覚悟というよりは諦めの境地で、
◇◇◇
『初めまして。私はグリムリーパーのリーファと申します。
いきなり見知らぬ女から手紙が届き、さぞや混乱しているかと思います。
しかしあなたがどんな方であれ、伝えなければならない事がありましたので、こうしてペンを取りました。
エルヴァイテルトという国のスロウワーの町の側の、小高い丘の上に一軒家があります。
そこに、バイコーンと人間女性との間に生まれた少年が暮らしているのです。
少年の名前は、リヤン。
今は引き取った方から、”バンデ”という名をもらって過ごしています。
頭に角を生やした、下半身が馬の特徴を持つ少年です。
少年は、両親を死なせた人達に敵討ちをする為、日々魔術の勉強に励んでいます。
私のグリムリーパーの力を使った結果、父親の名はラウル、母親の名はリゼットと呼ばれていたようです。
少年の年の頃は十二、十三歳くらいかと思っていましたので、あなたにお心当たりはないかもしれませんが。
何か事情をご存じでしたら、一度少年に会って頂けると嬉しく思います。
───追伸。
少年を引き取った女性の名前は、”リヤン”と言います。
少しややこしい話なのですが、縁があって少年の名を貰っているんですよ。
リーファ=プラウズ』
◇◇◇
「お~~~~~~」
心が揺さぶられる。言いようのない感情が込み上げてくる。
どこかに何かをぶつけたくて、たとえ後で虚しくなろうとも、ラウルの言葉にならない声は天を衝く。
「あ~~~~~~」
ざっかざっかと地面を蹴り、ラウルが広場を走り回る。
大して広くもないその場など、一周走るのに五秒もかからないのだが、他に走れる所などどこにもないのだから仕方がない。
気持ちばかりが突き動かされて、体中の傷跡の突っ張りなど全く気にならない。
「は~~~~~~」
視界の先でリャナがこそこそと便箋を封筒にしまおうとしていた。何かの拍子に踏みつけてしまわないようにとの配慮かもしれない。実際、今のラウルには踏みつけない自信はなかった。
そして、こちらの奇声に負けないくらいの声量でラウルに訊ねてきた。
「お心当たり、あったー?!」
「あった、あった、あったよぅ。そうだよ、ボクの子だよ!
十八年前に、リゼットとの間に出来た子だよぅ」
自分の口から認める発言をしたら、ぶわっと涙が溢れた。視界があっという間に水に濡れて、何も見えなくなる。そして。
───がっ、どさばさごんっ───!!
周回の道筋を大きく違えたようで、ラウルは外れた先にあった木の幹だか根だかに前腕を引っかけていた。やばいと思った時にはもう遅く、ラウルは次の瞬間派手に転び、草と木と諸々にぶつかりまくってようやく動きを止めた。
引っかけ、転び、ぶつけ、倒れた感触はあったが、不思議と痛みはなかった。何だかよく分からないけど、とてもすっきりした気分だ。
ひとしきり走り回って転んだラウルは、かっつかっつと音を立ててリャナの所へ戻ってきた。
一連の流れを見ていたリャナが、やや呆れた様子でぼそっと訊ねてくる。
「かけるタイプの傷薬、今ならサービスするよ?」
「うん、一つちょうだい」
体のあちこちからじんわりと熱が湧き上がるような気がして、リャナからの提案にラウルは素直に応じた。
リャナは、失笑しながらもちょっと嬉しそうにリュックサックから瓶状の傷薬を取り出した。翼を広げ、顔から頚から腕から腿から丁寧に液体状の傷薬を撒いてくれる。
じんわりかけられた場所がより熱く感じた。多分、そこが転んだ拍子に怪我をしたところなのだろう。
熱さという名の痛みが引いて行って、同時に気持ちも沈んでいく。
「死んだと思ってた…。
リゼットだって、墓があるんだ。子供なんて、とうの昔に殺されたんだと思ってたのに…!」
「でも、十二、十三歳くらいに見えるって書いてあるよね?十八年前に妊娠したんじゃ、年齢合わなくない?」
「バイコーンは、精神面で肉体の成長が変わるんだよ。
事情は分からないけれど、子供であり続けた方が都合が良かったのかもしれない」
「おー、じゃあ実年齢は十七歳くらいかー…バイコーンマジ神秘かー…」
感心した様子でリャナが溜息を漏らしている。
手紙に多くは語られていない。
しかし、聞いた事もないエルヴァイテルトと言う国にいるというのなら、何らかの形でそこまで流れ着いたという事になる。故に、想像は出来た。
(奴隷として売られていったんだね…)
当然の流れだっただろう。むしろ生きたままでいられたのが奇跡と言ってもいい。
(でも、そんな遠くに行って、五体満足で生きていられるなんてあるのかな…?)
不意に湧いた疑念に、ラウルは嫌なものを感じたが。
「あたしもまだ見た事ないんだけど、リーファさんは『ラウルさんの毛並みの色は少し赤みを帯びた藍色かも』って言ってたんだよね。
きっとその子の毛並みの色なんだね」
「ボクの子じゃん~~~!」
ぶひひん、と
(もう何も疑わないよ…!
仮にボクと血が繋がってなかったとしても、その子は紛れもなくボクの子だ…!)
自分でもよく分からない事を考えて、とりあえずラウルは自身にそう言い聞かせた。
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