第13話 厄介者は災厄と共に・5

 橋渡しの腕輪を使って西へ西へと飛んで行き、到着したのは広大な森の一角。

 木の枝のアーチ門にぶら下がった看板には、”リヤンとバンデの家”と書かれてあった。一部削られた跡があり、最近修正が加えられたようだ。


 そこそこ傾斜のきつい坂道を登り切ると、広場が見えてきた。広場の先の方に家屋があるようだ。


「き、来ちゃったけど、こんな不躾ぶしつけに来ていいのかなぁ?」


 リャナを背に乗せ、ラウルが狼狽うろたえる。


 先方が人間だという理由から、リャナも人間の姿になっていた。聞くところによると、インキュバスと人間のハーフらしく、子供の頃は人間として暮らしていたらしい。


 騎乗して上機嫌なリャナとは対照的に、ラウルの気持ちは優れない。勢いがあるうちは良かったが、現実に徐々に近づいている実感が湧いてきて不安が増してくる。


「アポなんて取りようがないじゃん。

 いなかったらいなかったで、また出直せばいいんだし」

「…その時また一緒に来てくれる?」


 いい歳したバイコーンとは思えない情けない言葉に、頭の上のリャナが露骨に嫌そうな顔をした。


「ひとりで行けよー………って言いたいけどぉ。アンモライトは借りものだしなぁ。

 まあ、時間が空いてたらね」


 そんな会話をしていると、家屋から何者かが出てきたようだ。

 遠目で見づらいが、それの体全体が緑色に見える。人の形をしているようだが、それはジョウロを細い触手のようなもので絡めとって、側にあった井戸から水を移している。


「えんげい、えんげい、たっのしっいなっ。

 みずな、だいこん、りーふれたすっ。

 かーぶ、きゃべつ、ぶろっこりー。

 すっくすっく、そだって、おおきく、なって。

 もっしゃもっしゃ、たべたら、なっくなっちゃーうっ」


 言葉足らずだが陽気に歌うそれは、踊りながら手前にあった菜園に水を撒いていた。


 様子を眺めていたラウルは、目の前の光景に震えた。恐る恐る、リャナに問いかけた。


「………あれが、ボクの子、かなぁ………?」

「いや違うでしょ。どう見ても草でしょ。多分使い魔的なアレでしょ」

「じゃああれが、引き取ったっていう?」

「ないからないから。使い魔なら普通は主がいるから」


 我に返り、思っていた以上に平静さを欠いていた事に気が付く。良く見なくても、あの生き物は手紙に書いてある内容と一致していない。

 ラウルは恥ずかしくなって頭を下げた。


「そ、そ、そ、そうだよね。

 もしあの子がボクの子だったら、どう挨拶しようかと考えちゃったよ。

 ………。………………。………………………。

 ───あの、出直していい?恥ずかしい。今すぐ帰りたい」

「ダメに決まってんでしょーが。いいからさっさと───」

「ラザー」


 不意に聞こえてきた声変わりの済んだ男性の声に、リャナもラウルも顔を上げた。

 再び菜園の方を見れば、一人の男性が緑色の使い魔に声をかけていた。


「はーい?」

「あとでリヤンが買い物に付き合えってさ。野菜の目利きしてもらいたいって」

「うん、わかったー。これ、おわったらねー」


 その男性の姿を観察する。


 髪の色は藍錆色で、ラウルの毛並みとよく似ていた。その頭に二本の反り返った角が生えているように見える。窮屈そうな白いシャツと、カーキ色のズボンを着ているが、ズボンからはみ出た足は髪の色と同じだ。


「あ、ああ───」


 ラウルが感激に震えた。興奮して泣いてしまいそうな声音で、男性の姿を目に焼き付ける。


「あの子だ。あの子だよ、ボクの、ボク達の子供…!

 あ、あんなに大きくなって…!」

「藍錆色の毛並みの下半身…確かに。でも、何か聞いてたよりも大きいような?」


 男性の身の丈は、緑色の使い魔よりも頭一つ分は大きい。近くで見たら小柄かもしれないが、それにしても幼さというものを感じなかった。

 本来の年齢を考えれば、可笑おかしな事ではないが。


「バイコーンは精神的な成長に肉体が引っ張られやすいから………。

 もしかしたら………もしかしたのかも………」


 ちょっと言うのは躊躇ためらわれて、ラウルは言葉を濁した。


 リャナは不思議そうに首を傾げていたが───だがそこはサキュバスというべきか。すぐに、はっ、と気付き、リャナはラウルに答えた。


「交尾したのか!!」

「いや言い方!!」


 リャナに張り合うようにラウルも大声を上げてしまう。

 ───と。


「ほっ?」


 緑色の使い魔がこちらの存在に気が付いてしまったようだ。どこに目があるのか分からないが、何となくこちらの方を向いた使い魔がしばし固まってしまい。


「みゃあああああっ!?おうまさん!ばんでー!おうまさんだよぉおお!」


 馬に酷い目に合わされた過去でもあるのだろうか。半狂乱になった使い魔が、ラウルの子に飛びついた。


「馬…なのか?でも、あの角…!?」


 ラウルの子もこちらを見ていた。しがみついている使い魔をなだめてはいるが、どこか戸惑っているようにも見える。


「ばれちゃった」

「当然だよぉ」


 舌を出しておどけてみせるリャナに対し、ラウルは半ば呆れた。まるでこうなる事が分かっていたかのようだ。


 そして更に、家屋の中から誰かが顔を出した。


「バンデ?ラザー?どうしたの?」


 出てきたのは二十歳代位の女性だ。艶やかな黒髪を結わえた、紅紫の双眸が品のある美女だった。


(綺麗な目だな…)


 遠くからでもよく見える女性の瞳に、ラウルはリゼットを思い出した。少し赤みがあるが、どこまでも覗き込みたくなるような目の色は、リゼットのそれに似ていた。


「…バイコーン…!?」


 彼女もまた、こちらを眺めて困惑を深くした。彼女はどうやらラウルの種族を知っているようだ。


 リャナはラウルから飛び降りて地面に着地した。ラウルの肩をぽんぽんと叩き、広場へ行くように促す。


「そら、役者揃ったみたいよ。ここで行かなきゃいつ行くのさ?」

「………………」


 リャナの思惑通りに事が進んでいて、ラウルはちょっとだけ不満だ。

 しかし、『行く』と言ったのは他でもないラウルだ。ここで尻尾を巻いて逃げるのは、子供を前に恥を掻くも同じだ。


 意を決して彼らに向けて歩き出すと、リャナも歩幅を合わせてくれる。

 一見人間の金髪の少女は、目一杯可愛さをアピールしながら家人達に声をかけた。


「こんにちわー、初めましてー。

 あたし、リーファさんの紹介で来ました、リャナって言いますー。

 で、こっちが───」

「あ…あの…ええっと…。

 ………ラウル、です………はじめまして………」


 巨体に似合わない、恥ずかしそうな頼りなさそうな声音を上げたバイコーンを、家人達は只々見上げるしかなかったようだ。

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