第9話 厄介者は災厄と共に・1
ラッフレナンド城の3階西側の部屋は、側女達や正妃に宛がわれる部屋ばかりなので、当然リーファの部屋以外は空き室だ。
現在使われていない部屋であっても、ベッド、クローゼット、テーブルやソファなどの最低限の家具は置かれている。しかし足元を彩る為の絨毯はなく、花瓶や絵画などは飾られていないのだ。
そんな味気のない一室で、今日限定で人間が一人分収まるほどの巨大な卵型のオブジェが寝かされている。
出張脱毛サロン”卵肌”───そう呼ばれているものらしい。
「はぁい、お名前教えてもらえますかぁ?」
「はい、リーファ=プラウズです」
「はぁい、確かにぃ。
今回脱毛するのはぁ、頭髪、眉、まつ毛以外って事でよろしいでしょうかぁ。
あ、眉の形はぁ、”癒し系フェミニンアーチ眉”タイプになりまぁす」
「はい、お願いします」
「ありがとうございますぅ~。今セッティングしますからぁ、ちょおっと待っててくださいねぇ~」
まったりした口調の栗毛の美女は、リーファに背を向けて卵型の物体をぽちぽちと触っている。本当につるっと丸い卵のような物体を触っているだけなのだが、あれで何か変わるのだろうか───と、ついまじまじと見てしまう。
「リーファさん、本当にいいの?」
そう訊ねてくるのはリャナだ。最近になってリーファと変わらない程に背が伸び、すっかり女性らしい体つきになってきた金髪紅目の美少女は、唇を尖らせてリーファを覗き込んでくる。
「一生ものなんだし、自分好みにしてもいいんだよ?」
「うん、大丈夫です。…というか、アラン様やシェリーさんに肌を触らせてもらって、ちょっといいなって思ってたんです。
だから、どんな風になるか楽しみなんですよ」
「ふうん、そう?それならいいんだけどさ」
紹介した身としてはやはり嬉しいのだろう。リャナがはにかんでみせる。
この出張脱毛は、シェリーを皮切りにアランやメイド達も順番にやっているらしい。
普段剃らない部分もまとめて脱毛してもらえ、もう
シェリーはこれでもかと勧めてくるし、実際アランの肌の触り心地が良かったものだから、この機にやってみようと思ったのだ。
セッティングが終わるまで、まだ時間はかかりそうだ。リーファは気にかけていた事をリャナに打ち明けた。
「話は変わるんですけど、リャナにお願いがあるんです」
「ん?なあに?」
「確か魔王城の役所って、ハーフまでなら自動登録される戸籍謄本がありますよね?
…少し前、とある場所でバイコーンと人間のハーフの少年に会ったんですけど…。
奴隷として土地を渡ってしまったので、出生地とかが分からなくって。
何とか、調べる事は出来ないかなって」
いつもとは違う相談に、リャナが腕を組んで考えている。胸ポケットからメモ帳を取り出し、目を光らせた。
「戸籍、かぁ…名前とか分かれば調べられるかな?分かる事、教えてくれる?」
「ええっと…。親御さんからはリヤン、って名前をつけられたそうです。
今は、引き取った人からバンデ、と呼ばれてますね。どっちも、”絆”って意味があるとか。
あとは…多分ですけど、バイコーンはオスで名前がラウル、人間は女性で───」
「あぁー、知ってるぅ」
リーファを遮ってきた声の主は、リャナではなかった。駆け寄ってきたのは、先程問診をしてくれた栗毛のナースだ。
名はルイーゼというらしく、見た目は人間のようだが、実際はルサールカという種らしい。美しい容姿や声で、人を水中へと引きずり込む水の精だ。
気になって”卵肌”を見やると、オブジェは真っ二つに分かれて開かれ、内側に人が入れる空間が空いていた。恐らくあそこに入り、施術するのだろう。
ルイーゼは間延びした声を上げ、興味津々な様子でリーファに詰め寄った。コバルトブルーの瞳がキラキラ輝いている。
「バイコーンでラウルってさぁ、”厄介者のラウル”のことよねぇ?」
「厄介、者?」
「何かどっかで悪さしたらしくってぇ、ちょっと前まで魔王城で服役してたのよぉ。
寡黙で淡泊な感じでさぁ。アタシちょおっとタイプだったんだよねぇ」
恋に恋する乙女のように頬を染めたルイーゼの話に、リーファの思考が数秒ばかり停止してしまった。
───バンデの父親と思われるバイコーンは、あの記憶の中では死んだ事になっていた。
駆け落ちが失敗した時の母親の悲鳴、そして母親の家族の言葉から、生存している可能性はないと思っていたが───
(母親の家族が、嘘をついた可能性がある…?)
そんな事があり
しかし、バンデの父親と同じ名前のバイコーンが、無関係だとはどうしても思えなかった。
リャナに目をくれると、こちらの気持ちを察したかのように小さく
リーファはルイーゼに顔を向け、真剣な眼差しで口を開いた。
「詳しく、教えてもらえませんか?」
◇◇◇
ラッフレナンドの東にある農業国シュテルベントの南東に、かつてミンダーという名の村があった。
大都市トライベントへ続く街道に近い山間の村ではあったが、村自体に特産品はなく、小さな宿が一つあるのみ。
シュテルベントの土地自体が排他的な風潮が強く、旅人の多くが寄り付かずに素通りするような村だった。
しかし十四年前、このミンダーの村を一頭のバイコーンが襲撃した。
家屋は壊され、二次被害で村は炎に包まれた。
武器を持つ間もなく村人たちはバイコーンに襲われ、多くが殺されたという。
全滅であれば、目撃者がいなければ、それほど問題視はしなかっただろう。
しかし生き残りの証言により、『バイコーンによって村が襲われた』と噂が広がってしまった。
人間により無関係なバイコーンが害される恐れがあった為、近隣で暮らしていた同族は退避を余儀なくされ、襲撃犯は拘束された。
襲撃犯の名は、ラウル。
魔王城に収監後も多くは語らなかった為、同族に迷惑をかけた者として”厄介者のラウル”と呼ばれる事もあったという。
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