第8話 魔術ごろの溜まり場にて・5
「エルベルトも似たような話を聞いたとよ。
エルヴァイテルトへ誘ったが、『もう長くないし、思い残す事はないから』って断られたそうだ」
「お、ぅ………」
アリルから落胆の吐息が零れた。分かりやすく落ち込んでいる。
ディマスが珍しくアリルを気遣って、代わりに訊ねた。
「では…その後に?」
「だろうな。後は残った二人の弟子が運用していくらしい。
…で、だ。その内の一人がな、お前らの言ってたターフェアイトの弟子に似てると思ったんだよ」
横道に逸れていた話題がようやく本題に戻ってきて、アリルとディマスが肝を潰している。
「茜色の、髪の?」
「リーアとかミーファとか…小僧がそんな名で呼んでたっけか…?」
一応名前も聞いていたらしい。しかし、アリルは曖昧に覚えているようだし、ディマスはその名にピンと来ていないようだ。
「ターフェアイトの女弟子は、リーファ=プラウズと名乗ったそうだ。
魔術師としての素質は並って話だったが、”集中力”の高さだけはひとつもふたつも飛び抜けてる、ってのがエルベルトの見立てだ。
王の側仕えらしいが、王の振る舞いを見るに愛人だろうと言ってたよ」
ディマスとアリルが顔を見合わせた。
何か気になる事があるのかと
「───いやいやいや。まさかー」
その反応が容姿を指しているような気がして、アリルに訊ねる。
「んだよ。そんなにブスだったってか」
「いやだって、あんなぺちゃぱい女…」
イシドロは大きく溜息を吐いた。アリルがこの有様だ。ディマスに頼るしかない。
「お前は乳しか見てねーからなあ………ディマス、お前は見ててどう思った?」
ディマスもアリルの着眼点に呆れていたが、こういうのは自分の仕事だという事も分かっているようだ。淡々と、特徴を言っていく。
「まず火術を詠唱しようとしたアリルに対して、
”集中力”の異常な高さは、目を見張るものがありました」
「あっ、おい!何勝手に言ってん───だっ?!」
───ごっ!
抗議の声を上げかけたアリルの頭を鷲掴みして、イシドロは絨毯に押し付けた。
「はいはいうるさいうるさい。んで?」
「…容姿は普通としか。あまり見ない髪の色と、意思が強そうな目だとは思いましたが、可もなく不可もない。
しかし、良い布地の服を着ているとは思いましたね。あの細かいフリルが施されたワンピースは、庶民では着られないかと」
イシドロに押さえつけられているアリルが、絨毯に這いつくばったままぼやいた。
「…お前、そんなとこ見てんのかよ」
「お前が見なさすぎなんだ」
「んだよ、乳は重要だろが!」
「女の本質は立ち振る舞いだと言ってるだろうがこのとんちきが」
手を押しのけて白熱するアリルとディマスの女性論争を眺めながら、イシドロはちょっとだけ後悔する。
(そういやぁ、こいつはどんな美女も”普通”って言うんだっけなあ…)
特務棟には、その美しさで第三特務室室長にまでのし上がったと噂される女性がいるのだが、このディマスはそんな彼女すら『まああんなもんでしょう』と言ってのける男だ。
結局は”胸が控えめな茜色の髪の年若い女”という、探せば幾らでもいそうなイメージしか湧いてこなくなってしまった。上等な服を着ていただけでも、特徴的と思うしかない。
「…いずれにしろ、あんま触っちゃダメな女だろうなぁ。
ラッフレナンドと繋がったターフェアイトの弟子の知己とか、下手に動けば国際問題に関わる。
それに、お前らふたりがかりでターフェアイトの弟子を襲って返り討ちだろ?金玉に至っちゃ、使い魔も死んでたじゃねーか。
それがどういう事か、分かるだろ?」
「………………」
イシドロの指摘に、ディマスが押し黙って気を落とす。
───普通使い魔が死ぬケースは、活動不能になるほど損傷するか、主が望んだ時か、主が死んだ場合だ。
ディマスの使い魔の死骸は、何故か防腐処理が施されて見知らぬ箱に入れられていたが、損傷は見られなかった。
そして、ディマスが大切に扱っていた使い魔の死を望むはずはない。
魅了魔術がかかっている間に使い魔との繋がりが断たれた可能性はあるものの、指示がなければ動く事のない使い魔をどうこうするメリットはない。
そして、主であるディマスが死んだというケースだが。
この”死んだ”という言葉は、そのままの意味で使われる。
気絶している、死にかけているというのは、この”死んだ”には当てはまらない。
生き物として生きる機能が失われ、二度と目を覚まさない状態を指す。
いずれにしろ、使い魔との繋がりが切れたという事は、主に余程の事があったという話になるのだが───
様々な仮説を経て、見る見るうちに顔を青くしていったディマスを眺め、アリルの顔が険しくなった。
「え?な?お、お前死んだの?!」
「さあてなぁ。
使い魔の生態は、未だ研究中の分野だ。
疑似人格の仕組みも、使い魔の五感も、まだ謎が多い。繋がりが切れる条件も、まだ見つかってないだけかもしれんしな。
…っていうか、お前もおんなじ目に遭ってるはずなんだがなぁ」
「え?は?オレ?オレ、死んだ??」
イシドロに指摘され、アリルが頭を抱えて困惑している。
『死は、全てのものに平等に寄り添うものだよ、青年。
…だがね。死とて時には、慈悲深くあらねばと、そう思う時だってある。
気まぐれなんだ、こういうものはね』
今はいない、中央の教会で神父をしていた男の言葉が不意に思い起こされた。
同期の葬儀を終えた後、柄にもなく神父に心情を吐露したらこう返ってきたのだ。
苦しんで死んでいった同期を悼む自分に対して、何とも無神経な発言だとは思ったが、
(なんで今思い出した?)
魔術師の悲しいサガだ。何の関連もないものにすら意味を見出そうとしてしまう。
しかし魔術師にとってこういう唐突な想起は、何かの予兆だとも言われている。無視して良いものではない。
(深追いは危険、か…)
葬儀のようなしめやかな雰囲気の中、イシドロは立ち上がった。机の引き出しを漁り、指示書を二枚取り出す。
「まあ、この一件は忘れろ。お前らの為にゃならん。
そんなことよりも次の仕事だ。
エルベルトがターフェアイトから得た情報だがな。エスティングエンドにあるムワン遺跡に、”外海の覇王”を封じた時に使った道具が眠ってるらしい。
例によってフェミプス語で封じられているそうだが、ターフェアイトがフェミプス語辞典の写本をくれたそうでな。『あとはそっちで頑張んな』と、大英雄から激励付きだ。
明日ネグロン班とここを発ち、探索にあたれ」
「…うっす」
「…分かりました」
部下達は座り込んだまま指示書を受け取る。紙に目を通すその表情に覇気はなく、しばらくは引きずりそうに見えた。
(ったく、しょうがねぇなぁ)
イシドロはゆるゆると立ち上がったアリルとディマスの背中をバシバシ叩き、その肩に手をかけて自分の方へと引き寄せた。
「いよっし、お前ら今夜俺ん家来い!
ちゃんとケツ洗ってから来いよ?家にゃあ帰さねえからな?」
「い、言い方ぁ!!」
「出立までの家飲みの誘いを、どうしてそう言うんですか…」
飲みの話で機嫌を良くしたのか、上司が上司なりに慰めてくれているのだと察したのか、アリルは心底嫌そうに、ディマスは呆れて、イシドロの腕の中で揺られていた。
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