第7話 魔術ごろの溜まり場にて・4

「ふぅむ…」


 大方の情報が集まってきて、イシドロは顎に手を添えて考え込む。

 後の流れは、イシドロが把握している通りだろう。


 ここを出発してから八日経って手ぶらで帰ってきたふたりは、どこか上の空だった。

 いつも『収穫がなかったならなかったで、土産物でも土産話でも探してこい』と言っているし、それでなくても何かしら騒動を起こしてくるふたりだから、本当に何事もなく真っ直ぐ帰って来るなど、違和感しかなかったのだ。


 故に、ふたりにそれぞれ報告書を書かせたのだが───その結果がこれだ。


「回収に失敗し、申し訳ありません」

「…さーせん」


 馬鹿やって失敗しても反省する素振りなど微塵も見せない部下達が、しおらしく頭を下げている。

 ”ターフェアイトの弟子”を名乗る女とどんなやり取りがあったかは分からないが、完膚なきまでに叩き潰された事が伺えた。


(俺以外に、こいつらをここまで打ちのめせるヤツがいるのか…)


 特務棟は荒事専門の魔術師達の集まりだが、単純に魔術を使いこなせるだけでは優秀と評価されない。

 敵を見定め、術具を有効に使い、時には魔術を用いずに拳や武器で対処できる能力も、評定の判断基準となる。


 アリルもディマスも素行そのものは褒められたものではないが、仕事ぶりは悪くないのだ。特にふたりで任務に当たった場合の成功率は高い。

 イシドロもそれを見越して、ふたりを向かわせたのだが。


(茜色の髪のターフェアイトの弟子、か…)


「室長、もう一回行ってきていいっすか?」

「再回収の指示を下さい。次は失敗しません」


 汚名を返上したいのかただの意地なのか、部下達はもう一度回収に行きたいと思っているようだが。


「…そいつは関わらんで正解かもしれねえなあ…」

「「…はぁ?」」


 顔をしかめたイシドロの意見に、ふたりが間抜けな声を上げた。


「いやな。ラッフレナンドの魔術システムのお披露目会に出席したエルベルトが、少し前に帰ってきてな。今朝、議会があったから報告を受けた」


 女魔術師回収とは関係のない話を出され、部下達が眉をひそめている。


「…ラッフレナンドって、あの魔術師嫌いの?」

「あんな辺境の魔術システムなんて大した事ないって、暇してる技術畑のやつ送ったんでしたっけ」


 余所よその国の話はともかく、研究開発棟の室長に対して敬意の欠片もない物言いに、イシドロは嫌な顔をした。


「…あんなんでも一応お前らよりも上のヤツなんだから、もうちっと敬えよ」

「知らねーっすよ。オレが認めたのは室長だけっす」

「現行のナーハフォルガーに届くと評判のフェランディス様以外、どこに敬意を払えというんです」


(…んにゃろぅ…)


 さりげなくイシドロを欽仰きんぎょうしてきて、何とも怒りきれずに目頭を押さえた。


 国家魔術師の資格を得てこのクライノートに入ってきたふたりだが、どこに行っても問題行動を起こすものだから、巡りに巡ってイシドロの下に転がり込んできた経緯がある。


 第二特務室に入りたての頃は、室長のイシドロに対しても食って掛かってきたものだ。

 しかし『お前らにゃあ魔術なんてもったいねえ』と、魔術で暴れるふたりをでボコボコにしてからは、少しずつ素直に応じるようになって行ったのだ。


 性格こそ全然違うふたりだが、結局どちらも目に見える形で『どうあがいても勝てない』と痛感した相手でないと上だと認められない、難儀な性分だったらしい。


 それが、口先だけとはいえイシドロを敬う言葉がちゃんと出てくるようになった。ちょっとだけ、しんみりしてしまう。


「ったくこれだからお前らは………まあいい。そこは問題じゃねえ。

 まあ魔術師嫌いだけあって、システムを動かせる魔術師はしかいなかったそうなんだが」


 イシドロの言に部下達がいぶかしがる。


「…城を守るシステムを動かすのが、たったの三人?」

「無理でしょう」

「それが無理じゃなかったんだよ。

 ───そのうちの一人の魔術師が、あのターフェアイトだって言うんならな」

「「!!」」


 予想した通り、ふたりは信じられない様子で驚いている。


 このエルヴァイテルト国において、ターフェアイトの名を知らない者はいない。

 ”外海の覇王”を単身で封じ、初代ナーハフォルガーに魔術を教え、この国立魔術研究機構クライノートを立ち上げるきっかけになった人物だ。


 その英雄譚は絵本や演劇などで知られているが、多くが後世の創作らしく、実際どのような魔術を使えていたのかは分かっていない。

 しかし初代ナーハフォルガーは全員が何らかの形で国に貢献しており、『国を一変させる程の魔術師を育て上げる傑物』と評す研究者もいるようだ。


 あまりに有名過ぎて子供に名付ける親が後を絶たず、”ターフェアイトの名を子につける事を禁ずる”法まであるほどだ。


「驚いただろ?俺も驚いたよ。

 まさかと思って、試しに”外海の覇王”の話を持ち掛けたら、そのターフェアイトは当時の話を細かく話してくれたそうだ。

 あれは本人じゃないと話せないと、エルベルトは興奮しきりだったよ」

「まじっすか…!」


 アリルの表情が、どこか浮かれたものに変わって行く。過去の人と思われていた大英雄が、同じ時代を生きていたというのだ。エルヴァイテルト国の魔術師なら、心が弾んで当然か。


 一方のディマスは、下を向いて何か考え事をしていた。


「ターフェアイトはラッフレナンドにいたと…。いや、なら、それは…」

「どうした?ディマス」

「…茜色の髪の女が自身の師の事を、『余所の国の魔術師』と言っていたなと」

「…ふぅん」

「そういやぁ『最近死んだ』とか、『四百年近く生きてた』とか言ってたよなぁ」

「そうだったな」


 魅了の魔術が解け、どちらも少しずつ当時の事を思い出してきているようだ。


 イシドロは、報告にあったラッフレナンド城でのお披露目会の内容を思い出す。


 ───エルベルトは、ターフェアイトから色んな情報を仕入れてきていた。


 ターフェアイトは革命後、ラッフレナンド国の山奥に居を移し、時折他国へも足を延ばしていたらしい。


 エルヴァイテルト国へは物見遊山が目的だったが、民が”外海の覇王”に悩まされていると知り、『倒すには資材も人材も足りない。時間稼ぎくらいなら出来るだろう』と、封印する手段を取ったのだという。


 ラッフレナンド国が建国されて三百二十年は経つというから、ターフェアイトはそれ以上長生きしている事になる。普通に考えればあり得ない話だが、方法がない訳でもない。


 アリル達が遭遇したという女の師匠と、ラッフレナンド城のターフェアイトは同一人物と見てもよさそうだ。

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