第6話 魔術ごろの溜まり場にて・3

 特務室にはソファもテーブルもあるのだが、こうして絨毯の上で胡坐あぐらをかくのも良いものだ。絨毯の素材は良い物を使っているし、男同士ならスカートのめくれを気にする必要もない。


「俺達は石板の機能を使って目的の場所へ行きました。

 場所は、スロウワーの北の山。

 …丘、と言った方が良いかもしれません。入口には”魔女の家”と書かれた看板がありました。

 俺達はその先の家に入り、女に会いました」


 淡々とディマスは最初の出来事を口にする。そこは、どちらの報告書にも書かれていた事だった。


「女の特徴は?」

「アリルが好きそうな感じの女です」


 アリルに顔を向けると、鼻の下を伸ばし、女の輪郭をなぞるように両手を動かしている。


「い~体してたんだよなぁ。弾力がありそうな乳で。

 ちょっとぼんやりした感じが、強気に押していけばやれそうな感じで」


 アリルの説明に、ディマスは呆れた様子で溜息を吐いた。


「童貞の発想だな」

「うるせえよ!?」

「俺の乳でももんどくか?」

「いいっす!!」


 イシドロが自分の胸筋を見せつけると、アリルは全力で拒否してきた。『これは病みつきになる』と、一部の女子───愛妻と愛娘───には評判なのだが、アリルはお気に召さないようだ。


「髪の色は黒。腰まで伸びた長い髪でした。

 他にそれらしい女もいないし、アリルが石板に書かれた名を訊ねたんです。『シュティーア=ブルストか?』と。

 そうしたら、女の挙動がおかしくなりました」

「『命令を』って何度も繰り返してきてびびったっけなぁ。

 …あの石板はなんだったんすか?」


 アリルの問いかけに、イシドロは腕を組んで目を細めた。


 ◇◇◇


 ゲラーシー=グロトフ国家特級魔術師の殺人容疑で、その妻ヴァルヴァラが逮捕されて以降、グロトフ邸はクライノート預かりとなっていた。


 グロトフ家は術具開発の名家で、ゲラーシー自身は素質強化の専門家だった。

 故に、その資材と知識が詰まっているグロトフ邸が、ただの空き家として余人に渡る事を、クライノートは良しとしなかったのだ。


 例の石板は、そんなグロトフ邸の一室から見つかり、研究開発棟の解析により”シュティーア=ブルストという人物の素質強化”の機能がある事のみ分かっていた。

 研究担当者は『これ程強力な素質強化を施す以上、相応の対価が必要になるはずなんだが』とは言っていたが、憶測止まりとなってしまい解析は頓挫していた。


 しかし最近になって、石板についていた赤い宝石の一部分が明滅するようになり、調べ直した結果、”シュティーア=ブルストの位置を示している”事が判明したのだ。


 ◇◇◇


「…さあなぁ。あれはゲラーシーの───グロトフ家に伝わる魔術言語らしくてな。

 元グロトフ夫人も興味はなかったようだし、俺にも解読は出来んかった。

 まぁ、『命令を』って言ってきたんだろ?想像はつくがなぁ…」


 渋い顔で唸ると、アリルもディマスも面白くなさそうに顔をしかめている。


 男同士、好みのタイプの女について話し合ったり、品のない話題をする事はある。女性陣に嫌な顔をされる事もあるが、こればかりは男のサガのようなもので、決して悪気がある訳ではない。


 イシドロは所帯を持つ身だし、アリルは悪ぶってはいるが女に免疫がないし、ディマスは女を異性として扱っていないようだ。

 女に対する考え方はそれぞれだが、それでもあの石板については解釈は一致しているらしい。

 女を弄ぶ下種げすな代物だ───と。


「…まあ、そこはいいです。

 それで、アリルが慌てて突き飛ばしたら、倒れて動かなくなりまして」

「…ほーん」


 目を細めてアリルを見やると、彼は慌てて両手を振った。


「い、いやっ、目ぇ見開いてずいずい来られたらホラーっすよ。誰でもびびりますって!」

「胸を押し付けられるほど詰められたしな」

「乳当たったくらいでキョドんなよ童貞」

「おおぉおぉおおん」


 せっかくの釈明だったが、アリルの性格を考えたらこの方がしっくりくる。ディマスとイシドロから弄られ、アリルは両手で顔を押さえて悶絶した。


 同僚を一通り揶揄からかった所で、ディマスは話を続けた。


「…そこに子供が出てきて暴れたので、それは俺が押さえました」

「子供?」

「見た感じ、魔物のハーフのように見えました。召使いかなんかだと」

「ふむ」


 ディマスの分析に相槌を打っておく。


 女の独り暮らしは何かと不便だろう。人手不足解消に、人を雇うなり買うなりは別におかしくはない。何故魔物のハーフなのかは分からないが、珍しくも何ともなさそうだ。


「…そこからがなあ」

「ああ、そこからだ…」


 悶えるのはもういいのか、アリルが何事もなかったかのように頭を掻いている。ディマスも苦い表情をしていた。


 ふたりを取り巻く空気が変わり、問題がそこから始まっている事をイシドロは察知した。


「俺のオオルリが…使い魔が、外で人影を見ました。

 女と、もう一人。

 そっちは、フード付きマントをかぶっていて性別は分かりませんでしたが、家の異常を聞きつけて外で待機させられていたようです。

 女が外から様子を伺っていたので、入る様に促しました」

「…どんなだった?」

「女魔術師よりは若く見えました。茜色の髪が胸上あたりまで伸びた女です」

「そいつ、『自分はあのターフェアイトの弟子だ』って言ったんすよ」


 アリルの口からとんでもないビッグネームが出てきて、イシドロは大仰に膝を叩いた。


「へえっ!そいつはいいな!」

「見栄張るにしたって、もうちょいマシな嘘つきますよねぇ?」

「いや、嘘かどうかは分からねえぞ?」

「え?」


 イシドロがにやりと笑うと、アリルが怪訝な顔をしている。


 ディマスも不思議そうにふたりのやり取りを見ていたが、やがて鬱々と首を振った。


「…その女が来てからは記憶が曖昧で…。

 使えそうな女だったから、一緒に回収しようと考えたのは覚えているんですが」

「気が付いたら、馬車に乗ってたよなー…」

「ああ。その時には、帰る事をずっと考えていたな…。

 収穫はなかった。もうやるべき事はやったと」


 任務失敗の経緯はそこで終わっているようで、アリルもディマスも溜息を零している。

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