第36話 交戦・1~賊か暴漢か

 空の雲が、少しずつ黒く広がって行く。雨は降らないと思いたいが、そろそろ洗濯物はしまった方がいいかもしれない。


 リーファがそんな事を考えながら坂を上り切り、家へと続く広場を歩いていると、バンデが必死に声を張り上げているのに気が付いた。


「くっそはなせー!

 おい何やってんだ!目ぇ覚ませよ!!」

「…!?」


 只事ではない事態に、総毛立つ。

 家の外観には変化はないから、中で何かが起こっているらしい。


 リーファとラザーは、音を立てないように小走りで家へと近づいた。

 身を屈め恐る恐る東の寝室を覗くも、そちらは出掛ける前とそう変化はないように見える。扉が閉ざされているからリビングルームまでは見えないが───


「うるさい」

「ぐ───ぎ、ああぁっ!」


 知らない男の声と、バンデの悲鳴が聞こえてきた。リビングルームの方だった。


 リーファとラザーは家の東側へ一旦下がる。ラザーにバッグを預け、声を潜めて命令した。


「…ラザー。バッグを持ってここに隠れていて」

「ん」


 ラザーも声を小さくして、こくこくとうなずいた。


(…町の人?それとも賊?一体、何が…)


 ここを出た時とは状況がすっかり変わっていて、リーファは戸惑った。


 察するに、坂の下の馬車は家の中にいる男のものなのだろう。あの規模の馬車で一人は考えにくいから、何人かいるのかもしれない。


 先程から、姉さんの声が聞こえてこないのも気になる。バンデの呼びかけは聞こえるから、外にいる訳ではないようだが、動けなくなっているのだろうか。

 彼女は、国防に参加する為にターフェアイトに弟子入りをしていた。彼女の技量なら、危険だと判断したならば魔術で応戦くらいは出来たはずだ。


(姉さんすら敵わない連中を相手取るとか、出来るのかな…)


 何にしても情報が欲しい。考えるのはそれからだ。


 リーファは首にかけていたカイヤナイトのネックレスを外し、大切に胸のポケットへしまい込む。


(アラン様に、帰ったら叱られないとなぁ…)


 呼吸を正し、身を低くしたまま玄関口の方へと移動した。

 気取られないよう、建物の壁に隠れながら近づいて行くと、会話がよく聞こえてくる。


「なあディマスー、この女でいいのかぁ?」

「ああ。石板はこの女に反応していた。本人なのは確かだ」

「でもよぉ、起きねーよ?」

「お前が突き飛ばしたからだろう、アリル」

「い、いきなりしなだれかかってきたらオレだってビビるわ」

「ふっ、これだから童貞は」

「よし、死ね」

「お前がな」


 仲がいいのか悪いのか。男たちのどうでもいい話が耳を掠める。


(相手は二人)


 さすがに中を確認する事は出来ず、物音を聞きながら判断する。会話しているのは男が二人。西の寝室にも、風呂場の方にも人の気配は感じない。


(…物盗りではなさそう?)


 人数の少なさもそうだが、男達の目的が物盗りではないように聞き取れる。まるで、姉さんに用があって来たように聞こえるが───


「…そこにいるのは分かっている。出てきたらどうだ?」

「!」


 男の声が、真っ直ぐにリーファのいる場所へ伸びてきた。


 リーファの胸の鼓動が一気に早くなる。嫌な汗が頬を伝い、顎から雫が落ちた。


(一体、なんで)


 こういった事が得意な訳ではないから、物音などで気取られるかもしれないとは思っていたが。それにしても声の向け先が正確な事に、リーファはいぶかしんだ。


 不意に視線を感じ、リーファは玄関から少し離れた場所にある物干し台を見た。洗濯物に紛れて、スズメよりはやや大きい、光沢のある青い鳥が真っ直ぐこちらを見つめていた。


(使い魔…!)


 リーファは舌打ちした。


 ラザーには付与しなかったが、使い魔は主と視界を共有する事が出来る。どうやらあちらに魔術師がいるらしい。こちらの姿は丸見えだったに違いない。


 居場所が知られているなら隠れている必要はない。リーファは渋々体を起こし、玄関から中へと入って行った。


「リーファ!」


 床に転がされているバンデが必死に声を上げる。

 見渡してみるが、リビングルームはそう荒らされてはいないようだった。


 キッチンの少し手前で姉さんが仰向けで倒れていて動かず、側に黄土色の髪の男が立っている。

 バンデは応接室の扉の前で転がされていて、こちらは薄墨色の髪の男が背中を踏みつけていた。

 どちらの男も同じ灰白色の服を着ている。雰囲気だけなら、礼服や軍服に近い。


 リーファは眉根を寄せた。行動はどう見ても居直り強盗のそれなのだが、それにしては男達の身なりが良い。


「…あなた達は、何?」

「それはこっちの台詞だ。貴様は何だ」


 声をかけてきたのは、薄墨色の髪と空色の眼光が鋭い男だ。恐らくこちらが使い魔の主で、ディマスと呼ばれていた男だろう。


「使い魔を使って見ていたなら分かるでしょう?家人の知り合いよ。彼女に用があって来たの。

 そっちこそ何なの?ここらの山賊は軍人崩れなのかしら?」

「んだとぉ?」


 挑発したつもりはなかったのだが、何故か姉さんの側にいた黄土色の髪の男が威圧してきた。多分こっちがアリルか。


「よう嬢ちゃん、オレ達に歯向かうとどうなるか分かってんだろうなあ?」

「生憎私は余所者よそものだから、そっちの事なんて知らないけど」

「だったらすっこんでろよ!」

「そうもいかないわ。彼女達をどうするつもり?」

「テメーに話す義理はないね」


 ガラ悪く圧を飛ばしてくるが、アリルが近寄ってくる気配はない。

 姉さんの知人である事、使い魔の存在を知っている事から、リーファが魔術師であると理解はしているようだ。接近は得策ではないと分かっているのだろう。


 しかし、ここで引き下がる選択肢はリーファにはない。


「そう───じゃあ」

「待て」

「ぎゃっ!?」


 静観していたディマスはバンデを蹴飛ばして退け、リーファの方へ数歩だけ近づいてきた。


「ぐ…ううぅ…」


 彼から解放されたバンデだが、悔しそうに顔を上げるだけで起き上がれそうもない。どうやら手酷くやられたようだ。


 アリルがディマスに吠えたてる。


「んだよディマス!引っ込んでろ!」

「お前が引っ込めアリル。ここで暴れるのはお前の仕事じゃあない」

「………………っ!」


 アリルは歯を食いしばり、傍目から見ても分かりやすく激怒していた。しかしディマスに厳しく睨まれ、彼は舌打ちと共にリーファに背中を向けた。

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