第17話 深夜に我が王の下へ・3

 リーファはふと、サークレットを見てある事に気が付いた。


「…でもこのサークレット、カールさんが作っていたものよりも性能が良いような…?宝石も、こんなについていなかった気がするんですよね…」

「ああ。上等兵もそんな事を言っていた。『恐らくターフェアイト師が手を加えたのでしょう』、とな」


 試しにサークレットに魔力を通してみると、中央のターコイズと周囲の宝石が鈍く光を放つ。同時にリーファの魔力が、サークレットにぐっと引っ張られていくような感覚が起こる。


 ”道の数”が増えるという事は、そこへ通す魔力もより多く持って行ってしまう事になる。

 ”総量”が多くない者に”道の数”を一気に増やす補助具を与えても、補助具に魔力を持って行かれてしまって気絶、なんて事だってあるのだ。


(思ったよりも魔力が持っていかれる…。”総量”は並み以上に持ってる、”道の数”が極端に少ない人の為の補助具みたい…)


 この手の補助具は、素質に合わせた調整をするはずだ。ターフェアイトが手直しをしたのなら、誰か特定の人物の為のものなのかもしれない。


「アラン様の呪いが解けたら出てくるようになっていたという事は、何か意味があるんだと思いますが…」

「何かとは?」

「そこまでは…ちょっと」


 結局答えが出そうになく、アランは吐息を零してリーファからサークレットを取り上げた。


「まあいい。いずれにしても国のものだ。

 私が預かっておく。必要になったら言え」

「はい、ありがとうございます」


 アランはサークレットを興味なさげに一瞥し、乱暴に放り投げた。ベッドの上を軽く跳ねて、サークレットは枕のすぐ側に転がり倒れる。


 続いてアランはあぐらをかき、リーファを指で手招いた。どうやらまだ寝る気はないようだ。


(もう少しで夜が明けてきそうだけど…寝なくていいのかな…?)


 リーファがアランの膝の上に座ると、彼はリーファの髪に顔を埋めて耳元に囁いた。


「それで?すぐに帰って来れそうか?」


 この会話は、ある意味休憩をしたと言えたのかもしれない。

 ようやくあちらでのやりとりを思い出してきたリーファは、甘えて来るアランの髪を梳きながら答えた。


「…姉さん…じゃなくて。姉弟子さんは、男の子を引き取って一緒に暮らしていたんですけど、最近難しい年頃になったみたいで。

 とりあえず苦手だという料理の仕方を教えて、落としどころが見つかればいいな、と思います」


 体をまさぐり肩にキスを落としていたアランが、怪訝な顔でリーファを見てきた。


「なんだそれは。魔術師としての問題ではなかったのか」

「そ、そうですね。私も驚いたんですが。

 私があまりに城にこもっているから、師匠が気にしたのかもしれないなと」


 アランは不満そうに唇をへの字に歪めている。


 リーファは、グリムリーパーとして活動する事は制限されているし、外出も許可制だ。今回だってアランの事情が絡んでいなければ、許可など下りなかっただろう。

 アランの為に城にいるのだから当然と言えば当然だが、部外者のターフェアイトからすれば、『もっと外を見ろ』とでも言いたかったのかもしれない。


 その辺りをアランも理解はしているようだ。文句を言う事もなく、リーファの額にキスをした。


「…まあいい。火急の用件ではなさそうだし、そう時間はかからないか」

「頑張って早く帰ってくるようにします。

 …ところで、アラン様?」

「うん?」

「参考までに、アラン様はいつ頃反抗期になりましたか?」


 変な質問をされて、アランの愛撫が止まる。虚空を仰いで考え込んでいる。


「………反抗期、か………。

 十一の頃に兵士として過ごすようになってからは、周囲の全てを呪って過ごしたものだが…」

「…そ、そうなんですか…。苦労なさってますね…」


 そこそこ恨みのこもった告白をされてしまい、リーファも反応に困る。

 しかし、今まで何不自由なく王子として過ごしてきて、いきなり名を隠して兵士の身分に落とされたのなら、文句の一つや二つ出てもおかしくはないのだろう。さすがに状況が特殊過ぎて、参考にはなりそうもない。


「その位の子供なのか。その引き取った子というのは」

「ああ…そういえば年齢は聞いていませんでした。

 ええっと………身長は私の肩よりちょっと上くらいですね。

 声変わりはまだみたいです。まだまだやんちゃの盛り、という感じですよ」


 と言って、手でバンデの身長を示すと───アランの顔色が変わった。


「そんなに大きいのか………まずいな」

「え、まずい?───あっ、ぎゃぶ」


 脇を抱えられたと思ったら、リーファの体はあっという間にベッドの上へうつ伏せで倒される。

 押し倒してくるのかと思ったが、何故かアランはリーファの左足の”此岸しがんかせ”を外そうとしていた。足を持ち上げアンクレットにキスをして留め具を外している。

 やがて、時間をかけずにいつもの甲冑が実体化してきた。


 ベッドの上で座り込んで混乱しているリーファに、アランは焦りをこめた厳しい目つきで命じてきた。


「リーファ。お前は今すぐあちらへ戻れ。そして身の安全を第一に考えろ」

「え?あの?はあ」

「ぼさっとするな。何かが起こってからでは遅いのだ」

「は、はい。分かりました。失礼します」


 アランの慌てた様子を見る限り、勘というよりは経験則のようなものなのだろうか。どうやらリーファ自身に危険が迫っているようだ。


 リーファは挨拶もそこそこに、ラッフレナンド城を後にした。

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