第16話 深夜に我が王の下へ・2

 リーファの汗だくな裸身を見下ろし、アランは獲物を前にした獣のように舌なめずりをしてみせた。もう十分味わったはずなのに。


「あちらでの出来事を思い出せんというのなら、良い方法があるぞ?

 物忘れした内容は、直前にしていた事を繰り返すと思い出す事もあるという。

 …もう一度くらいなら、可愛がってやってもいいが?」


 顔を近づけ、アランがリーファに軽くキスをする。そして先程と同じように、シーツを剥ぎ取り、キスをして、噛みついて、手を、肌を、滑らせていく。


(こ───こわれる…っ!)


 反応してしまう体とは対照的に、リーファの心の中は恐怖に震えていた。

 寝不足から来るたかぶりなのかは分からないが、今日のアランはいつもよりもずっと執拗だ。”此岸しがんかせ”で人並み以下の体力しかないリーファの体が持つとは、到底思えなかった。


(なんか───なんか、あるよね?!アラン様が気に留めるような話!!)


 必死に必死に頭をフル回転させ、リーファは藁にも縋る思いで何とか会話のきっかけを見つけた。


「そ…そういえばっ、今日そちらで何か変わった事はありませんでしたかっ?」


 膝を持ち上げようとしていたアランが手を放し、リーファのへその上でちょっとつまらなそうに顔を上げた。


「…ああ、あったな。『1階の荷物置き場にあった石膏の胸像が突然壊れました』と、ラーゲルクヴィスト上等兵が言っていた。

 時間は…お前が出かけて二時間位は後だったか?

 上等兵は管理不行き届きの罰を求めたが、お前に言われていたから不問にしておいてやったぞ」


 リーファは、向こうでのやり取りを何とか頑張って思い出す。姉さんの家で便箋に血判を捺されたタイミングからして、間違いはないようだ。


「あ、ああ、ありがとうございます。

 それが恐らく、アラン様にかかっていた呪いの本体だと思います」

「まさか本当に呪いをかけてこようとはな………人騒がせな魔女だ全く…。

 …そういえば、その石膏の中にこんなものが入っていたそうだ」


 アランは呆れ交じりに身を起こし、横に長い白い枕の下を探り、そこから出てきたものをリーファに見せてきた。

 痛い下半身を動かして体を起こし、渡されたそれを見て面食らう。


「これは………師匠預かりになっていたサークレット…?」


 アランから渡されたのは、銀色のサークレットだった。葉と蔓を模した銀のアーチには様々な宝石が散りばめられ、中央に大きめのターコイズが飾られている。


「知っているのか」

「あ…はい。

 兵士の中に魔力剣を上手く扱えない人がいて、調べたら魔力の”道の数”が少なかったんです。

 師匠はその人の為に、”道の数”を増やすアクセサリーを作るよう、私とカールさんに課題を出したんですよ」


 魔術に関わる事はアランには関係ない話なのだが、分からないなりに気にはなったようだ。


「道の数…とは?」

「魔術や魔力剣の行使に必要な素質が、三つあるんですが…。

 …話長くなりますけど、いいですか?明日、カールさんに聞いて頂いても…」


 カールの名を出され、アランが不機嫌に顔を歪ませた。


「ラーゲルクヴィスト上等兵は、『勉強中なので側女殿に聞いて下さい』と教えてくれなくてな。………何なのだ。あの兵士は」


 どうやら先の問いかけをカールにもしていて、すげなくあしらわれたらしい。


 魔術絡み以外で接点がないリーファはまだしも、アランは王でありカールの雇い主だ。アランの不興を買うのは立場上良くない事だろうに、何故その態度を取ってしまうのだろうか。


「…き、気難しい方だと思ってましたけど、アラン様にもそんな感じなんですね。

 …なんか、弟弟子がすみません…」

「いや、お前が謝る必要はないが………というかお前にもそんな感じか…」


 顔を引きつらせ苦笑いを浮かべているリーファを見下ろし、アランも苦々しく溜息を吐いた。


「───あ、ええと、じゃあざっくりと。

 …魔術に必要な素質というのが、魔力の”総量”と、魔力が通過できる”道の数”と、”集中力”なんです。

 師匠は、よく水と井戸にたとえて説明してくれました。

 ”総量”は貯水池の大きさ。”道の数”は井戸の桶の数。”集中力”は使い方だ、って。

 この要素をバランス良く持っている人が、優れた魔術師だと言うんです」


 リーファの話を聞いて、アランは顎に手をやり思案している。


「………………………………。

 ”総量”が少なければ、魔力の使い道が限られてしまう。

 ”道の数”が少なければ、一度に流せる魔力の量が少なくなってしまう。

 あとは…なんだったか?」

「”集中力”で、使い方、ですね」

「使い方か…。

 ならば…”集中力”が甘いと、魔力を流すに時間がかかる、といったところか?」


 水と井戸のたとえは分かりやすかったようで、腕を組んで考えていたアランはその意味を正しく明確にしてみせた。


「さすがですね。”集中力”は、魔力の流し過ぎを防ぐ為にも必要なんです。

 この素質は生まれついてのものなので、努力で補うのは限度があるんですよ」

「それでそのサークレットか」


 リーファはサークレットを見下ろし、小さくうなずいた。


「素材は師匠が用意していたので、私は腕輪で、カールさんはサークレットで作りました。

 この、カールさんのサークレットの方が出来は良かったんですよ?

 でも兵士さんに渡すにはと、私の腕輪を兵士さんに渡して、カールさんのサークレットは師匠預かりになっていたんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る