第15話 深夜に我が王の下へ・1
深夜のラッフレナンド城。側女の部屋。
定期報告の為、グリムリーパーの姿でリーファはこの部屋へと舞い戻っていた。
アランには『落ち着いたら夜にでも定期報告に戻りますね』とは言って出掛けたが、今夜戻るとは言っていなかったから待っている可能性は低いと思っていた。エルヴァイテルトとの時差もあるから、行っても寝入ってしまっていると思ったのだ。
しかし。
「は、あ………っ」
リーファは、ベッドの上で横向きに寝そべり甘い吐息を零す。
裸身につけられた歯形や痣は、申し訳程度にシーツで隠す事しか出来ず、力なく城の主を見上げた。
アランは待っていた。今日は忙しかっただろうし、明日も公務があるにも関わらず、だ。
それはとてもありがたい事なのだ。なのだが、リーファは悔しさでいっぱいになった。
「ひどい…!」
「何がだ?」
同じように隣で素肌を晒し寝そべっていたアランは、満足げにリーファに流し目を送ってきた。
天蓋の魔力灯に照らされ、汗をにじませ艶めく筋肉質な肢体は、思わず生唾を飲み込むほどの色気を放っている。
しかしその芸術を眺めていたら、いつまで経っても言いたい事が言えなくなってしまいそうだ。
「いっぱい、言いたい事があったんです…。
楽しかった事も、驚いた事も、いっぱい。
アラン様に言わなきゃって、戻ってきたのに…!」
頬を膨らませ、リーファは
「全部、全部、全部………忘れちゃったじゃないですかぁ…!」
「ふ、はははははははは」
よほどおかしかったのか、アランは顔を押さえて心底楽しそうに笑っている。
───ここへ訪れて程なく、リーファは町で見た踊り子の衣装に姿を変えたのだ。
姉の家での出来事を話したくて。町の雰囲気を説明したくて。そしてちょっと驚かせてみたくて。
本当なら踊り子の蠱惑的な褐色の肌も再現したかったのだが、こればかりはどうしようもない。
どんな反応をしてくれるのか楽しみに思いながら、リーファは天蓋のカーテンを開いたのだ。
なのに。
リーファを見たアランは、無表情でリーファをベッドに引き込んだ。
抗議をする間もなく”
言わずもがなグリムリーパーとしての力はほぼ無力化されてしまい、実体化していた衣装は全て無くなってしまった。
そして。
組み敷かれ、触れられ、撫でられ、弄られ、可愛がられて、蕩かされて───
気が付けば、この有様だ。
どこまでもどこまでも弄ばれた結果、リーファの頭の中にあった”話したかった事柄”は、いずこかに追いやられてしまった。
残っているのはアランの言葉、感触、匂い、味。そういった余韻だけだ。
「はっはっはっはっは───」
アランはまだ笑っている。遮音の紋を施した天蓋のカーテンのおかげで外に声が漏れる心配はないが、リーファのイライラは更に募っていく。
「笑いごとじゃないですよっ」
「ふ、ふふ。これが笑わずにいられるか。
まだかまだかと待っていたら、裸の女がカーテンを開けて入ってきたのだ。
抱いてやるのが人情というものだろう?」
「裸じゃないですっ。町に来ていた旅芸人さんの服ですっ」
腰が痛くて寝返りも億劫だが、リーファは足を伸ばし左足につけさせられた”
外観は様々な色の宝石を散りばめたチェーンタイプのアンクレットだ。留め具の所が加工されていて、所有者であるアランのキスでなければ外せない仕組みになっている。
リーファは溜息を零した。旅芸人の事こそ思い出したが、今”
「可愛い服だったのに…アラン様に見てもらいたかったのに…」
「あれならば知っているさ。ヴィグリューズ領の南方にある、シュタルク族の巫女の衣装だ」
悔しくて泣きそうだった顔を上げ、リーファは目をぱちくりさせてアランを眺めた。
「そう、なんですか?」
「ああ。その衣装は、神に見立てた首長に仕える女達のものなのさ。
祭事があると、巫女達はその衣装を着て首長の前で舞を披露する。そして───」
「んっ…う」
アランは動けないでいるリーファに詰め寄り、シーツの中に手を潜らせた。へその下───胎を、丹念に撫で回していく。胎の縁をなぞるような変な触り方をするものだから、リーファもつい声を上げてしまう。
皮と肉を隔てているとは言え、つい今の今まで弄られていた場所だ。嫌がるように、あるいは求めるように腰を動かす様が楽しかったのか、アランは笑みを濃くした。
「首長に気に入られた巫女は、祭事の後に首長と交合を許されるのだそうだ。
そして巫女は、首長を通して託宣を得るという。…本当かどうかは知らんがな」
どちらかというと無神論者寄りなリーファとしては、託宣やお告げというものはいまいちピンと来ないのだが、全く理解出来ない訳ではない。
例えば『明日のマラソン大会が嫌だから雨降って欲しいなあ』とか、『テストのヤマが当たりますように』とか、空に向かってお願いをした事位はリーファにもある。
心身の安らぎや人生の指針の為に、何か支えになりそうなものを定めておく、という考え方なのだろうと思うのだ。
アランの指から解放されて、リーファは緩やかに呼吸を正していく。
「そ、そうだったんですか…目を惹く踊りだと思ってましたが、れっきとした神事なんですね…。
………でも、それだと変ですね………?」
リーファの疑問は、アランも同じように感じたようだ。
「ああ。何故シュタルクの巫女が、エルヴァイテルトで旅芸人などしているのか…。
ヴィグリューズで何かがあったのかもしれんな。話のタネに、ブリセイダに手紙を送ってみるとしよう。
───まあそれはそれとしてだ」
「ひ───ぎっ」
アランは体を起こし、うつ伏せで動けないでいるリーファを押して仰向けにさせた。動かされた拍子に走った腰の痛みに悲鳴を上げるが、アランは気にした素振りもなくリーファの体に馬乗りになった。
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