第十九章 捨てられたもの、得られたもの
第1話 遺品整理・1
ラッフレナンド城を保全する魔術システムのお披露目が終わって一週間と少しばかりが経った頃、リーファはラッフレナンド領の南西の森へと赴いていた。
師匠ターフェアイトの住処であった洞窟で、彼女の遺品整理をする為だ。
荷物の量を考えて、馬車四台と兵士十二名をアランから借り受けたのだが、荒野と住処の間を広がる森に馬車が通れる道はなく、荒野側の見張りと洞窟側の荷物整理とに分かれて作業する事となった。
前回訪れた時と、住処の雰囲気はそう変わった訳ではない。
しかし、住処の入口から少し離れた所に作られたターフェアイトの墓には、兵士達によって多くの花束が手向けられた。
墓碑として建てられた石に『気高く美しく偉大なる大魔女ターフェアイト ここに眠る』と刻まれているが、これは魂だけとなったターフェアイトがこれでもかと注文をつけた結果である。
「本は、一度中身を確認しますからここに集めて下さい。中は絶対見ないようにお願いします」
洞窟の入口の側で兵士達に指示をしながら、リーファも積みあがった本の内の一冊に手をかざして、魔力を注いでいく。
「…それで分かるのか」
日用品が入った木箱を抱えて洞窟から出てきたカールが、感心した様子で見下ろす。
「はい。魔力の反応があれば魔術がこもった本、そうでなければ普通の本です。
開いた途端発動するものもあるので、こうして判別するんですよ。
───と、これは駄目ね」
言っている側から、魔力に反応した本が出てきた。
「………夜…使用…性…女………?」
「…!」
表紙に浮かび上がるフェミプス語をカールが読み上げようとしたので、リーファは慌てて本を木箱へねじ込んだ。
(何てもん持ってんのよ、あの馬鹿師匠!!!)
どうやら女性向けの大人のおもちゃが出てくる本らしい。
単語は読めたようだが、文字が逆向きだったから意味までは理解出来なかったようだ。怪訝な顔をしたカールに、リーファは話題を逸らすべく話しかけた。
「な、中の様子はいかがですか?」
「あ、ああ。思ったよりも順調だ。整理はされていたし、ラザーが的確に指示を出してくれている」
などと話していると、洞窟の奥から「これ、やさしく!ばくはつ、する!」とラザーの物騒な言葉が聞こえてきた。
(そんな物あったかな…)
兵士の恐々とした悲鳴に首を傾げていると、カールが溜息を吐いて不思議そうに眉根を寄せた。
「しかし、何故あれはオレに当たりが強いんだ?」
「す、すみません。嫉妬というか、やっかみというか…。
カールさんの話をしたら、対抗心が芽生えちゃったらしくて…」
後ろめたい気持ちでリーファがそう答えると、カールは更に不可解な感情を濃くした。
「ロクに魔術も扱えないオレに、何を思う事があるのか分からないが…。
そもそも、使い魔というのはああいうものなのか?
こう…ターフェアイト師が操っていた者達とは、毛色が違うような気がするんだが…」
「長く活動している使い魔は、自我…というか疑似人格が宿る事もあるそうです。
主や周りにいる人に真似ているだけで、魂がついているとかではないんですが。
…私がここにいた頃から、そこそこお喋りはしてくれましたけど、師匠がちゃんと育ててくれていたみたいですね」
「そういう事もあるのか…」
カールは唸り、再び洞窟の方を見やっている。今度はラザーは、「らざー、りーふぁ、すき」「はぐはぐ、すき」「ぺろぺろ、したい」などと話している。
(そ、そろそろ叱りに行った方がいいかな…?)
洞窟の兵士達が感嘆の声を上げているのを聞いてハラハラしていると、カールがこちらに話しかけてきた。
「側女殿」
「あ、はい?」
「時間がある時で構わない。使い魔の作り方を教えてもらえないか?」
思ってもみない提案に、リーファは目をぱちくりさせた。
ターフェアイトがカールにどれだけ魔術を教え込んだのか、リーファは詳しく聞かされていない。フェミプス語は完璧のようで、補強の紋を城の建材に施していたのは見た事がある。
一ヶ月という短期間でそこまで習得したのは驚くばかりだが、本格的に魔術を教わりたいと思っていたのなら、恐らくまだ物足りないはずだ。
「え、ええ。私の方法で良ければ。
教本も多分この中にあると思いますので、探しておきますね」
「ありがとう」
カールは無表情のまま恭しく一礼をすると、荷物を抱え馬車がある方へと歩いて行った。
そんなカールを見送りつつ、リーファは感心の吐息を漏らした。
(…勉強家ね…)
リーファがここからラッフレナンドへ戻った時、一応魔術の勉強に使ったテキストやノートは持ち帰ったが、それから殆ど手を付けずに過ごしてしまっていた。勉強を続けて行けば何か発展はあったのかもしれないのに、外聞を気にして疎かにしてしまったのだ。
(…私も見習わないとなぁ…)
今回ターフェアイトの遺品を回収する事で、カールだけではなくリーファ自身の知識も増える機会が生まれるかもしれない。
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