第31話 弔いを終えて

 翌日。


 ターフェアイトが使っていた居室に置かれた手紙によって、彼女が前日の内にラッフレナンド城を発っていた事が分かり、午前中いっぱいまで行われた懇親会にはカールの他、リーファも参加させられた。


 来賓の多くは、今は使われていないフェミプス語について興味津々の様子で、その辺りの質問を良く投げかけられた。


 最近は魔力を通した公用語を翻訳処理してフェミプス語に置き換える方法が主流らしく、フェミプス語を理解しなくても魔術の行使が可能になっているようだ。


 しかし、フェミプス語に理解がある方が魔術の威力や精度も高まるようで、言語の習得を考慮する来賓もそれなりに見受けられた。


 ◇◇◇


 ラッフレナンド城のシステムのお披露目も無事に終了し、日の光がやや傾き始めた頃には来賓を乗せた全ての馬車がラッフレナンド城を出て行った。


 メイドや役人達に後片付けを任せ、リーファ、アラン、ヘルムートの三人は執務室へと入る。


「───使っていた肉体の寿命は尽きかけていました。

 転生は可能だったはずですが…やる事をやって満足したみたいで。住処で、昨日の晩お亡くなりに。

 肉体は、住処の側に埋葬を。魂は、地域のグリムリーパーに回収してもらっています」

「「………………」」


 リーファが、ソファに肩を並べて座っているアラン達に昨晩の事を報告すると、ふたりはどこか物憂げな表情で黙り込んだ。

 あまりに落ち込んだふたりを不思議そうに眺め、思わず問いかける。


「…どうかしました?」

「いや、どうかって…」

「昨日まで生きていた奴が、急に死んだと聞かされたんだぞ。お前は何も思わんのか」


 アランになじられて、リーファは彼らが肩を落としている理由に気が付いた。


「…あ、ああ、そうですね。確かに…そう思いますよね。

 私は…師匠があの姿で来た時点で、もう長くはないんだと分かってましたから…」

「そっか、元々気構えが僕達と違ってたのか…」

「何故話さなかった?」

「う、うーん。そう言われると辛いんですが…。部外者である師匠の事を、おふたりはそこまで気にかけていないと思ってましたし。

 弟子にしたカールさんにも伝えずに帰ってしまったので、多分今のアラン様みたいな顔をされたくなかったんじゃないかと。湿っぽいのは嫌いな人でしたから」


 リーファの言い訳に、ふたりは仲良く口をつぐむ。


 事務方として動いていたアラン達は、改装に専念していたターフェアイトとそこまで接点があった訳ではないが、それでも合間を見ては会話の場を設けていたようだ。


 ターフェアイトがラッフレナンド建国の時代を生きた魔術師という事で、アランは革命前後の話や今のラッフレナンドに対する意見を聞いていたらしい。

 しかしターフェアイト自身、革命時は混乱の中逃げる事しか出来なかったようで、仲間を置いていった負い目も含めてあまり多くは語らなかった、と聞いている。


「話は変わりますが、住処の中に結構な量の資材が残っているんです。

 時期はお任せしますので、回収用の馬車と人手をお借り出来たらと思います。

 放置して土に還してしまうよりは、再利用した方が師匠も喜ぶのではないかと」


 感傷の余韻に浸る間もなく言われた事に、アランが唇を尖らせている。

 しかしリーファとしては、あの場所はいつまでのあのままにはしておけない場所だ。


 ターフェアイトが遺した物は汎用的な資材だけではなく、魔術書や道具なども含まれている。何かの拍子に人の手に渡って害が及ばないとも限らない。

 残してきたラザーの事もある。城で役に立てるか、里親を探せるかは分からないが、どこか腰を落ち着ける場所を作ってやりたい。


「………ああ。この国の資源だ。捨て置く事はない。

 リーファ、お前も出向き、資材の整理を手伝え」


 アランはそう言い、一拍だけ置いて言葉を続けた。


「ついでに花を手向けてやるといい」

「…はい。ありがとうございます」


 アランの心根の優しさについ頬が緩んだ。胸に手を当てて、感謝と共に頭を下げた。

 ただ、言葉だけではアランの気持ちは晴れなかったようだ。


「…感謝は態度で示すように」

「はい」


 リーファは席を立ち、足を開いて待っているアランへと近づいた。

 ソファに座ったままのアランの髪に、頬に、首筋にキスを落とし、その体を寄せる。


 アランはリーファを膝に乗せ、まるで応えるように腰や大腿を撫で始めた。


(…何か、こうしてゆっくり触られるの久々かも…)


 むしろぎこちなくすらあるアランの愛撫に感じ入り、変な気分になる。


 ふたりの触れ合いをぼんやり眺めつつ、横に座っているヘルムートが思い出したように声を上げた。


「…そういえば、結界が張られていて、もうグリムリーパーも入って来られないんだよね?

 昨日の夜、どうやって城に入ってきたの?」


 ブラウスのボタンを外され、はだけた肩にアランが優しく噛みついてくる。アランの熱が届いて、リーファの体が不本意に反応した。


「あんっ───あ、は、はい。一ヶ所だけ、入れる場所作ってもらったんです。

 ヘルムート様がご存じの、北へ向かう脱出路があるじゃないですか?そこからです」

「え?でもあそこは一方通行だよ。出先の森側からは開かないはず───って、あ、そっか」


 ブラウス越しにブラジャーのホックを外される。しっかり着こなされたリーファの格好が、アランの手によりどんどん崩されていく。衣服が肌に擦れてゾクゾクする。


「え、ええ。グリムリーパーなら壁は通り抜けられますから。

 事情を知ってる、私しか使えない道です。

 まあ、野良の幽霊が入ってきちゃうかもしれませんけど…その時は、仕方がないですね。───あ、あの」


 スカートの中に伸びてきたアランの指先を、リーファは手で阻止した。不満そうに半眼で睨んでくるアランを見上げ、熱い吐息を零す。


「部屋に行きませんか…?

 感謝の態度をいっぱい示したいですし………あの、その」


 頬を紅潮させ言葉を濁すリーファの手を、アランは掴んできた。

 緊張で汗ばんでいて出来れば触って欲しくないのに、アランはお構いなしに指を重ねてくる。羞恥でより一層体が熱くなっていく気がする。


(は、はしたない…)


 アランは色々脅してみせたが、結局一昨日も昨日も次の日に備えて早く寝てしまったし、ずっと気持ちは昂っていたのかもしれない。


 いつもとは違う反応を示すリーファを見下ろし、アランは口の端を吊り上げた。


「…王の寝室でな。満足しない限り部屋から出さんから覚悟しろ?」

「い、いっぱい喜んでもらえるようにがんばりますね…」


 耳元で囁くものだから、興奮で体が震えた。その反応が楽しかったのかアランは満足そうに笑い、顔を真っ赤にしたリーファを抱えたまま席を立つ。


「…ごゆっくり」


 アラン達が執務室を出て行こうとする中、どこか達観した面持ちのヘルムートが大きな溜息を吐いた。

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