第13話 王を嗤うトラブルメーカー・1
「お~じゃましま~す」
衛兵に促され、鬱陶しい位に陽気な笑顔でリャナが執務室に入ってくる。背中には身の丈を超えるほどのバックパックを背負っている。
アランは黙ったまま少しばかり考える。そこまでに重い荷物の注文はしただろうか、と。
何故か苦笑いを浮かべる衛兵によって扉が閉められると、椅子に腰掛けたアランは執務机越しに告げた。
「今日はリーファはいないぞ」
「うん知ってる。城門の衛兵さんに聞いた。
だから今日は、お届けと注文とオススメ商品のお知らせ」
「おすすめ…?」
アランにとってこのリャナという少女は、厄介者、悩みの種、トラブルメーカー───そういった類の存在だ。来るだけで嫌な予感がし、会話をしただけで険悪な状況に陥り、そして少女自身もまた積極的に厄介事を押し付けてくる。
しかし一方で、少女が持ち込む道具はどれも優秀で、ラッフレナンドの文明すら一新しかねない代物ばかりだ。
故にこの行商人もどきの来訪は、『ありがたいと言えばありがたいが、ありがたくないと言えばありがたくない』、何とももどかしい事象と言える。
「まずは注文受けてたものを渡したいんだけど、ソファに座っても?」
「好きにしろ」
ぞんざいに返事をしても、慣れたものでリャナは気にした素振りはない。さっさと窓際に移動し、バックパックをソファの側へと降ろして中を開け始めた。
スクエアテーブルの上へ、頼んでいた物が置かれて行く。
リーファが注文した、生理前後の不調を穏やかにする錠剤。
ヘルムートが頼んだ、魔物の公用語の辞典。
アランは急ぎではなかったのだが、魔王城で飲んだリンゴ酒が美味だった為購入している。
今回シェリーも注文しており、ガラスの器に宝石の欠片のようなものがたくさん入っているのがそれだろう。
アランが渋々ソファに座ると、ガラスの器を指して説明をしてくれた。
「シェリーさんのは『滋養のあるもの』って言ってたから、ウチの新商品”星の琥珀糖”を持ってきたよ。
一日三粒で日々の疲れが吹き飛ぶすぐれもの、ってふれこみで今色々改良してるとこなの」
「こんなものを頼むとはな…シェリーもそんな歳か…」
シェリーはアランよりも五歳年上だ。アランですら時折前日の疲れが残る事があるから、気苦労の多いシェリーなど尚更だろう。
「感想が聞きたいから、この紙に食べてみた感想を書いてもらってほしいんだ。
裏に、食べ方も書いてあるから見てもらってね」
そう言って、リャナはテーブルに紙を一枚置いた。器を戻し、そちらも取って見やる。
どうやらアンケート用紙のようで、ラッフレナンドの公用語で見た目、味、食感などの項目に評価の数字が書かれている。裏を返せば、”美味しい食べ方”と題して、お茶請けに、冷たい飲み物に、スープに溶かして隠し味に、とイラスト付きで書いてあった。
「あ、忘れてた」
一言言って、ウエストポーチの中からピンク色の香水瓶を取り出して天井に向けてパシュッ、と噴霧した。
ほんのりと鼻孔を刺激するその甘い香りに、アランは怪訝な顔する。
「おい、勝手な事をするな」
「そう言わないでよ。これはあげるから」
リャナはそう言って、テーブルに香水瓶を置いた。
「”沈黙の霧”っていう香水なの。
まいた所でのおしゃべりや物音が、外から聞こえなくなる効果があるんだ。
廊下みたいな場所だと数分しか持たないけど、この位の部屋なら一時間くらいは聞き耳たてられても聞こえなくなるよ」
瓶を手に取り、目を細めて眺める。金縁と宝石が散りばめられた瓶で、液体の色がピンク色だ。周囲に流れる香りは花のように甘ったるく、好みが分かれるな、と感想を抱いた。
何故こんなものがあるのか疑問がわいたが、女性達が男達に知られたくないような内緒話をするのに使うものなのかもしれない。
「リーファの部屋で使わせてみるか…部屋の外に声が漏れるのをよく気にするからな。
…そこを嫌がる様が、またいいのだが…」
「ん、ええっと。ウチがらみの話とか、魔術の話とか、そっちはいいの?
っていうか、困らせたらダメじゃん」
「本当に嫌がるなら止めてやるさ。何だかんだ、リーファも愉しんでいるという話だ。
───おっと、まだこの手の話は子供には早いかな?」
「…っとにこの王様一言多いなー…」
こめかみに青筋を立てて睨みつけてくるリャナを見ていると、ついつい下品な笑みが零れてしまう。
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