第14話 王を嗤うトラブルメーカー・2

 ───こん、こん。


 執務室の扉をノックする音が聞こえ、アランは顔を上げた。


「入れ」


 入室を促す返事をかけたが、廊下にいる人物はなかなか入ってこない。


「───あ、ごめん」


 リャナが気が付いて、慌てて扉を開けに行く。扉の先にいたのは、驚いた様子のシェリーだった。


「ごめんねシェリーさん。

 ノックする音聞こえてたんだけど、多分王様の声聞こえなかったでしょ?」


 廊下の方まで出て行って、リャナが言い訳をしている。


「え、ええ。なかなかお声がかからないなと思っていたのですが…」

「ちょっと訳アリなの。入ってどうぞ」

「ありがとうございます。失礼致します」


 リャナに一礼して、シェリーが一度廊下へ戻りワゴンを押して入ってくる。


(香水の力で、私の声が廊下の先に届かなくなっていたのか…)


 早速効果を体験出来て、アランは”沈黙の霧”を見下ろした。リャナがわざわざ廊下に出て言い訳をしたのも、部屋の中では声が聞こえない可能性があったからだろう。

 逆に言えば、常日頃の会話が廊下の先にも届いていたという事になる。今更と言えば今更だが、対策はしておいても良いだろう。


 黙々と紅茶の支度をし始めたシェリーを余所よそに、リャナが戻ってきて話を切り替えた。


「おまたせ。

 ───そうそう。”ちょめ家”は今日持って帰るからね。

 そのまま持ってくから、置きっぱのものとかあるなら先に出しておいてほしいんだけど」

「管理はリーファに任せてあるからな…。

 回収の話は分かっていたようだし、忘れ物はないはずだが…。

 …そういえば、ノートの引き取りは出来るのか?」

「ノート?」

「部屋に一冊ずつ置いてある、書いた内容が一方にも書かれるノートだ」


 雑な説明だと思ったが、ちらっとシェリーの方に視線を泳がせたリャナはそれだけでどういったものか分かったようだ。


「あー、チャットノートあるんだー。んー………。

 ああいうのは管理人が記念にとっとくらしいから、持ってかれちゃうんじゃないかなー?」

「そうか………リーファに色々書かせたから、他人に見られるのを気にするかと思ったんだが…」


 アランも何故だかシェリーの方が気になり、リャナから視線を外す。品のある立ち振る舞いのメイド長は、ただただ物静かに茶葉が蒸されていくのを待っている。傍目には。


「よそに流れる心配はないと思うけど、でも管理人に聞いてみるよ。

 最後に書いた人のページだけ回収すればいいんでしょ?」

「そうだな。試しに聞いてみてくれ」


 リャナがもう一度、横目でシェリーを見やって意地悪そうな笑みを零した。


「…楽しかった?」

「ああ。人目を気にせず、聞き耳も立てられずに、リーファとひと時過ごすのは悪くはなかったな」


 正直な感想を零すと、リャナがぽかんと口を開けて驚いていた。リャナが持ち込む物品をアランはほぼほぼケチをつけるから、その反応は予想していなかったのかもしれない。


 感情を知覚出来る夢魔の目にどう映っているのかは分からないが、リャナは顔を綻ばせて肩を竦めた。


「それ本当の使い道じゃないんだけどぉ………まあ、気分転換になったんならいっか。カタログの後ろのページにのってるから、今後ともごひいきに」

「ああ」

「───失礼致します」


 かちゃり、と澄んだ音を立てて、芳醇な香りを湛えた紅茶がテーブルに置かれた。アランの側にはシュガーポットも添えられている。


 ───ゾ、ワ。


 アランは、シェリーが近づいた事で彼女が入室してからの違和感をようやく受け入れた。

 シェリーの美貌は言わずもがな、所作に何ら問題は無かった。が。


(背中の産毛がピリピリする………?!)


 違和感の正体は、シェリーから放たれていた圧倒的な怒気だった。

 ともすれば、手に持ったトレイで一撃見舞われていてもおかしくない程の威圧だ。剣を持っていたら間合いに入った途端一突きされていただろう。


(一体、何故)


『こんなものを頼むとはな…シェリーもそんな歳か…』


「─────────」


 記憶を手繰った途端に心当たりに思い当たったのは奇跡だったかもしれない。それだけ、先の会話は他愛ないものだった。アランからしてみれば。

 ベランダの扉は締め切っているから、廊下からノックをしようとした途端に聞き取ってしまったに違いなかった。そう大きい声で話していたつもりはなかったが、それでも聞こえてしまったのなら普段の会話もそこそこ漏れていたのだろう。


 ワゴンの側で物静かに佇んでいるシェリーを視界から外し、アランはテーブルの香水を改めて見下ろした。


「…持ち歩く、か…」

「こっちも取引先減らしたくないしー、そうしてくれるとうれしいかなー?」


 わざと誘導したのではないかと勘ぐってしまう程に、いやらしくわらう小娘が憎らしく見えた。

 やはりこの魔物とは相性が悪い。

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