第11話 兵の懸念を夢魔が射貫く・1
城の要所を守る衛兵は、上等兵の中から選ばれる。
大変な栄誉ではあるが、入隊したばかりの二等兵一等兵では守りに不安があり、兵長ともなると兵を取り纏める事になる為、兵としての経験を積み兵長ほど忙しくはない上等兵が適切である、というのが一番の理由らしい。
オスモ=ルオマは、主に本城の2階を任されている衛兵の一人だ。
衛兵の装備であるラッフレナンドの紋章が刺繍された青い前掛けを身に着け、短く刈り上げたライトグレーの髪が老け込んで見えるらしいが、まだ勤続五年目だ。
衛兵の仕事は、ただその場に突っ立っているだけではない。
朝起きて、身支度を済ませて最初にするべき事は、その日に持ち場へ訪れる人物の把握だ。
例えば、執務室では主に三種類の訪問がある。
まずは、いつも行き来がある方々だ。王陛下、側仕え、メイドなどがこれにあたる。
王陛下、側仕えの方々の行き来にいちいち足を止めてもらい要件を確認する必要はないから、挨拶もしくは敬礼に留めて入室を促すのみだ。
但し、メイド達はその容貌を黙視してから入室させている。メイドの服格好をしているからと、見知らぬ者を入室させる理由にはならない。
次に、何らかの理由があって入室が許可されている者達だ。
衛兵自身が入室の予定を聞かされている者達で、執務室にあたってはそう多くは無い。彼らには念の為要件を聞き、予定が確認されたら入室を促している。
最後は、予定を教えられていない入室者だ。
執務室に届けられる書類や物品については、側仕えの方々がその多くを取り扱っている。
しかし中には、側仕えの方を飛び越して王陛下が個人的に指示を出す事もある。そう言った者の事情は衛兵には伝えられないので、滅多に顔を見せない役人が来る時もある。
そういう者には事情を確認し、室内で入室の許可を得てから部屋へと招くようにしている。
一日中同じ場所を見張っている訳ではなく、複数人の同僚と交代で場所を変わっている。2階は会議室、王族の個室、執務室、宝物庫があり、衛兵の務めは十八人の上等兵が任されている。
どうしても離れる事情がある場合は、休憩中の同僚と交代をして貰うし、空きの会議室や施錠された部屋は見張りの必要がないので、日々の状況に応じて空き時間が増減するのも衛兵の特徴と言えるかもしれない。
(ここ数日、司書や役人の出入りがあるが………何かあるのだろうか…?)
普段にない違和感に、オスモは気持ちを緩めずに思考を巡らす。本城の北側は王族関係の部屋が並ぶので人の行き来は殆どない。だからといって油断して良い場所ではないのだ。
(考えた所で、オレには無関係なのだがな…)
しかし、気にはなってしまうのだ。だから、つい聞き耳なども立ててしまう。
壁が薄いのかオスモの耳が良いのかは分からないが、彼の立ち位置から執務室の会話はかなり聞こえてきてしまう。側女リーファの声は言うまでもなく、王陛下や側仕えの方の声も多少は耳に入ってきてしまう。
執務に関わる話は勿論、魔術呪術絡みの話、ちょっと怪しい行商人との会話など、魔女排斥を訴える者が聞いたら卒倒ものの話など日常茶飯事だ。
王陛下がよく言っている”グリムリーパー”という言葉に心当たりはないが、リーファは解呪を得意としているようだし、家系に関わる名称なのだろうと予想がついた。
それを黙認しているのは、オスモがリタルダンド国出身という理由が大きい。
あちらは魔術研究に関してはかなり大らかで、必要があり害がなければ魔物とも取引をするような土地だった。『魔術とは魔物に繋がる術』という考え方もあるから、忌避の対象になっていないのだ。
その考えが根底にあるからなのか、王陛下が認めているのなら、たとえ世間に疎まれていようとも口外はしないでおこう、と思うのだ。
(しかし、危険な橋を渡っている自覚があるのかないのか…)
衛兵としてはそこだけが気掛かりだ。
王陛下が理解を示していても、世間に認知されるにはかなりの時間を要する。城内ですら魔女排斥の声を聞くのに、衛兵の耳の届く範囲であんなに会話をしていて大丈夫なのだろうか。
───と。
意識を思考に傾けている内に、廊下の先に人の影が見えた。
かなり小柄で、オスモの胸の下辺りまでしか身の丈がない。波打つ艶やかな金髪はここ数ヶ月でかなり伸び、後頭部で一つに結わえてある。大きなバックパックを背負った紅い瞳の美少女だ。
「こんにちわ!王様の所に行商に来ました、”気まぐれ移動商店リャナ屋”で~っす」
明るく陽気に話しかけた行商の少女を見下ろし、オスモは微笑ましくゆっくりと
「こんにちわ、リャナ屋殿。
…最近ますます、行商の真似が板についてきたのではないですかな?」
「えへへ、分かるぅ?
パパからもほめられちゃって、『もう”のれんわけ”してもいいな』って。
だから店の名前もリャナ屋にしちゃったんだ~」
と、行商の少女は大輪の花のような笑みをオスモに向けてくる。
店の名を変えたら暖簾分けにならないような気がしたが、少女の父がそう言うのであればそれはそれで良い事なのだろう。
「それは何より。今後も陛下と良い取引をなさるといい」
「おうともさっ」
男の子のように掛け声をあげる少女に苦笑して、オスモは扉をノックしようとする───が。
(…この少女も、得体の知れない者には違いない)
ほんの一瞬、思い留まる。
ここに商売に来た経緯が突拍子もないからだ。
ある日いきなり側仕えの方から、『これから定期的に行商の娘が来るから』と名前を告げられて、ある日何食わぬ顔で来たのがこの少女だ。
一応、リーファの友人とは聞いている。が、行商の少女が滅多に城から出られない彼女を介し、どういった流れで王陛下の馴染みとなったのか分からないのだ。
そして何より、少女をまとう”何か”が、オスモが胡散臭く感じてしまう原因でもある。
故郷リタルダンドの風潮が合わずにラッフレナンドへ来たオスモだが、魔術に関わる一通りの基礎は心得ている。
故に、人を見て『この者と関わるとまずいのでは』と直感めいた感覚に接する事もあるのだ。
この行商の少女の雰囲気は、まさにその、苦手な避けるべき感覚だ。
「───そうそう。入室される前に、一つお耳に入れてほしい事が」
「うん?なあに?」
───パシュッ
王陛下に会う手前、身だしなみは大切なのだろう。少女は香水を上に吹きかけ、可愛らしくくるっと回ってみせ、ほんのり甘い香りをまとっている。
オスモは扉から身を引くとリャナの目の前で片膝をついた。
(害意はないと思いたい───が、念の為保険はかけておかねばな)
「差し出がましいお願いではあるのですが。
───”これからもどうぞ、リーファ様と仲良くして差し上げて下さい”」
少女の目線に合わせ、発動言語に乗せて”要望”の魔術を解放した。
「──────」
口を縦に開けて、ぽかんとした様子で少女がオスモを見上げている。少女の瞳が虹色に揺らめいている。
オスモが使える精神系の魔術の中で、最も簡単な魔術だ。強制力は強くないが、悪意を
ゆるやかに、少女の瞳の色が鮮やかな紅色に戻って行く。成功しているなら、すぐに快諾の言葉が返ってくるはずだった。
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