第14話 家中のひととき・3~例え話

 驚いた様子でアランはリーファを見つめ返してくる。その答えは予想していなかったのかもしれない。

 そして、まるで塩を振りかけられた青菜のように、彼は静かに消沈した。


「お前は私を置いて行ってしまうのだな…」


 回答に対する感想にしてはあまりにもズレたものであったから、リーファも焦ってしまう。


「え?えっと?」

「酷い女だ」

「あ、アラン様?」

「ん?」


 落ち込んではいたが、”様”付けには反応するらしい。慌ててリーファは言い直し、質問を確認しなおす。


「あ、いえ。アラン。これは、あなたが『出ていけ』と言った後の話ですよね?」

「…そうだな」

「つまりアランが私を見限って、『お前などどこへでも行くがいい』と言った後の話ですよね?」

「…そこまでは言っていない」

「言ってないん?ですか?ええっと…?」


 混乱しながらも、この質問が単なる問いかけではなく『お前ならこう答えるべきだ』という意図が込められていた事に気が付いた。

 要するに、アランが喜びそうな答えを返さなければならなかったのだ。非常に厄介な話だが、アランは以前からこういうやり取りを好む傾向はあった。


(『何でもしますから追い出さないで』って言ってみる?

 でも出て行く事が決まってるなら懇願は無意味な気がするし。

 とりあえず何がまずかったのか理由から聞くところからかな?

 そこから私が出来そうな事を模索して───)


 独り思考で目をぐるぐる回していたら、落胆していたアランが何かを思い出し眉根を上げた。


「だが………そうだったな。

 いつぞやお前に薬を盛った時も、そんな事を言っていたな」


 どうやらアランもまた、リーファの言葉の意味を汲み取ろうとしていたようだ。しかし。


(そんな事…私言ったかな…?)


 アランのげんに疑問が残る。

 眠剤やら媚薬やら自白剤やらを盛られて、気が付いたらアランの下でがっていた、など特に珍しくもない。記憶が飛んでいる間に何かを口走っていたとしてもおかしくはないのだが。


「…そんな事を言ってたんですか?私が」

「あの時は王家の呪いを解いて間もなくだったからな。

 地方で回収されていない魂達の事が気になっていたようだった」

「あ、ああ。そういう話ですか」


 思ったよりも昔の話で、リーファは記憶の片隅からその思い出を掘り起こす。


 王家の呪いを解きに城下の外に出掛けた際、思ったよりも多く放置されている魂を見る機会があったのだ。町と違って線引きが曖昧な土地は、グリムリーパーも管理が難しいのだろうか、という考えに至っていた。

 だが、あの時と今は事情が異なっている。


「でも、それとは別の理由ですよ?」

「では?」

「だって、そうじゃないですか。

 アラン様の御子様を産む為に側女になったのに、何一つ成せないまま城から出されるんですよ。

 …ここには、楽しい思い出もいっぱいありますけど…」


 ちらりと、あの墓碑の姿が脳裏によぎる。祠の近くに建てられた白い石。見る事も叶わなかった、我が子が眠る場所。


「…きっと城下にいたら、お城を眺めた時に、悲しくなってしまいます。

 アラン様の為に、何も出来なかったなって」

「………………」


 アランは食事の手を止めたまま、ただ黙っている。


 何だか顔を上げるのが躊躇ためらわれて、アランを見る事が出来ない。ゆっくりと冷めていく食べ物を眺めるだけの時間が過ぎて行く。

 しかしいつまでも辛気臭い気持ちではいけないと、リーファは顔を上げて精一杯の笑顔で誤魔化した。


「あ、でも、国を出ても、エニルの墓参りにはまめに行きますからね。

 昼は人目につくので、夜にでも。

 私と会う機会はありませんけど、アラン様もちゃんと行ってあげて下さいよ?」


 リーファが改めてアランを眺め入ると、彼の面持ちに感情らしいものが見られなかった。さっきまで落ち込んでいるようにも見えたのに、それすらもない。

 怒っている訳でもなさそうだが反応がしづらく、リーファがまごついているとアランはぼそりと呟いた。


「…例え話だ」

「え?」

「例え話だからな」

「………そう、ですね」


 何とも言えない気持ちの中、そこで話が終わってしまう。良いか悪いかは分からないが、アランの中で一応答えに対する納得は出来たのだろうと思いたい。


(そう言えば、様付けをしたまま喋っちゃったな…)


 今更ながらに気が付くが、アランが失敗を気にする素振りは見られない。聞き逃したか、聞き流したか、あるいはどうでも良いものになったか。


 追及するのも気が引けて、リーファは話を切り替えてみた。ブイヤベースの汁を口に運びつつ、アランに訊ねる。


「ブイヤベース、どうですか?初めて作ってみたんですが、お口に合います?」

「ああ、いい味付けになっている」


 合わせるように、アランもブイヤベースの汁をすする。


「…私は幸せ者だ」


 アランはそう言って、リーファに優しく微笑みかけた。


(…ああ)


 心が揺さぶられるような、たかぶるような。不思議な感覚にリーファの胸は締め付けられた。


(こんなに、変わるのね)


 ここに来た頃、リーファはアランの微笑が苦手だった。

 怒られたり睨まれたりする機会が多かった為か、不意に微笑む姿に違和感を覚えてしまっていたのだ。

 そういう形の仮面を被っているかのような、無理矢理その表情を作らされているかのような、そういう異質さが伝わってきてしまったのだ。


 当時の微笑が作り笑いだったのかは分からないが、今リーファの目の前にいるアランの微笑みは、リーファ自身にも安らぎを与えてくれるような気すらした。

 それだけ変わったのだろう。リーファの心が。


「…そう思って頂けたのなら、良かった」


 何故だかリーファの目が潤んだ。


 理由は分からなかったが、アランに嫌な顔をしてもらいたくなかったから、瞬きを一度だけしてどうにか零れないように堪えた。

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