第13話 家中のひととき・2~団欒
今日の夕食は、パンケーキとベーコンエッグ、エビとタラとアサリのブイヤベース、トマトとキュウリとアボカドのサラダだ。
飲み物は、アランが白ワインでリーファがホットココアを。
デザートはバニラアイスを用意していて、アレンジでブランデーやジャムを足せるよう準備はしてあるが、今出すと食べる頃には溶けてしまうからまだ食卓には出していない。
パンケーキを小さく切り分けながら、リーファはアランに問いかける。
「ジョエルとは、どんな話をしたんですか?」
アランはブイヤベースが気になったようだ。フォークでエビを突きつつ、
「それをお前に言う理由はあるか?」
「いいえ。ただ、ジョエルが何か失礼な事をしなかったかなと思ったので」
「ああ、何も問題はなかったさ。…お前は良い友を持ったな」
アランの穏やかな表情を眺め、リーファは内心で安堵した。アラン達が席を外した際の不安が一応は解消された訳だ。
しかしジョエルが『友』と呼ばれるのは少しばかり引っかかる。
「でも、ジョエルは本当にただのクラスメイトなんですよ。
学校にいた頃は大して話もしませんでしたし」
「その割には、よくお前の事を話してくれたよ」
どこか嬉しそうなアランの言葉に、カーリンとの会話がふと
『割と結構昔から、ジョエルはあんたの事が好きだったんだって』
今思い出しても失礼な話だと思う。
リーファは当時のジョエルを”友だちの彼氏”として見ていたし、ジョエル自身もそれらしいやり取りをしてこなかったと思っている。
そんなジョエルが自分の何をアランに伝えたのか。好奇心というより、不愉快な気持ちが湧いてくる。
「…どんな事を?」
アランはエビを嚥下してから一度は口を開きかけたのだが、
「………………いや、ここまでにしておこう。男同士の約束を破ってしまう」
と、黙り込んでしまう。
しかし先の出来事を思い出しているようで、アランは微笑を浮かべていた。
「…わあ、そんなに仲良くなってたんですね。
この短い時間でアランの心を開いただなんて。ちょっとジョエルに妬いてしまいそう」
感嘆の吐息を漏らしたリーファを見下ろし、アランは上機嫌に白ワインを
「ふふん、戯言を。…そういうそちらは、カーリンとどんな話を?」
「…私の事を心配してくれていたみたいで。
手紙を送ってそれきりでしたから、随分気にしていたようでした。
『安心した』と、言っていましたよ」
「そうか。また手紙を送ってやるといい」
「ええ、そうします」
そしてふたり、静かに食事にとる時間が過ぎて行く。
パンケーキとベーコンエッグは、いつも実家で食べる時と同じ方法で作ったので失敗はしなかったが新鮮味もない。他の二品をメインにしたかったから、あまりアレンジはしたくなかったのは確かだ。
サラダは、今回初めてアボカドを使ってみたのだ。どんな味になるのか不安だったが、この独特の舌触りは好みが分かれるかもしれない、と思ってしまう。少なくともリーファは嫌いな味ではなかった。
そしてブイヤベース。
ハーブを浸け込むだけあって風味が強く、スープの旨味が口いっぱいに広がっていく。タラが少しだけ煮崩れしてしまっているが味はしっかりついていたし、エビも肉厚で美味しい。アサリは大きめの品種らしく、殻も大きかったが身も食べ出があった。
一人暮らしでこれだけの料理を作るのは結構手間だ。しかし材料に恵まれていて大家族であれば、こういう料理は喜ばれるかもしれない。
食事が進み、リーファは半分程、アランも七割程食べた所で、アランが口を開いた。
「リーファ」
「はい?」
「もし───もしも、だ。
私が今、『この城から出て行け』と言ったら、お前はどうする」
唐突な質問に、リーファは不思議そうにアランを見つめ返した。
リーファに対する執着は今日まで続いていたし、独りになる時間が増える為この”家”もここしばらくは使われていなかったのだ。
そんなアランが、急に突き放すような素振りを見せる。
(ヘルムート様の物言いではこうはならないはず。
………ジョエルに何か言われたのかな………?)
思い当たるものと言えばその位だ。
極力平静を保ちながらリーファはホットココアに口をつけた。
「………………。また急ですね」
「例えばの話だ」
「そう…ですね。もし、今そう命じられたなら………ううん」
色んな事を考える。また雇ってもらえるなら、診療所に行ってみてもいいだろう。自信はないが、貴族のメイドとして雇われるのも良いかもしれない。金銭面を考慮しても、進学はまずあり得ない。
しかし、真っ先に思いついたものと言えば。
「思い切って、国を出てみましょうか」
「………………」
リーファの回答に、アランはナイフとフォークの動きを止めた。
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