第24話 懺悔はもう届かない・3
「何という…っ、何という、愚かな…!」
正妃候補達が退出した謁見の間に、クレメッティの
「し、しかし陛下。国の宝とも言える物品を、側女の部屋などへ置いた陛下にも落ち度はあります。
どうか何卒、正妃候補達への罰はご配慮下さいますよう…」
「何を馬鹿な事を!”死の道を舞う乙女”、エルヴェシウスの壺、カルパンティエ工房の”薔薇机”が傷つけられたのですぞ?!
彼女達にも厳罰を与えるべきです!」
大量に汗を掻きながら情状酌量を求めるジェロームに対し、クレメッティは食って掛かっている。貴族第一主義なクレメッティだが、刑罰に対しては
(…リーファの事は、ふたりとも無関心なんだけどね…)
ヘルムートは、階下の言い合いを聞き流しながら渋い顔をした。
リーファを疑いはすれど、疑いが晴れても謝罪の一つもない。そして彼女の容態など話にも上げない。
今繰り広げられている議論も、側女の部屋に置いていた調度品の被害に関する事ばかりだ。
薄情、という訳ではない。昔からこうだった、というだけだ。
側女が貴族の令嬢であれば、親戚筋から何らかの接点は生まれるが、リーファは庶民で貴族との繋がりはない。
国に害を及ぼさない限り、彼女に干渉する理由がないのだ。たとえ王の御子を宿していたとしても。
代わりなど、幾らでもいるのだから。
「…ジェローム=マッキャロル国務大臣、クレメッティ=プイスト司法長官」
玉座に腰を下ろしたアランから呼びかけられ、言い争っていたジェローム達は揃って我に返った。慌てて階上のアランに向き直り、バツが悪そうにふたりして首を垂れる。
王を
「尋問には、牢役人二名を参加させる。急ぎ、支度せよ」
アランからの下命に、ふたりは驚いた様子で顔を見合わせた。
城の牢役人達は、尋問を得意としている。特に拷問による自白は得手だが、さすがに貴族令嬢達に対して拷問まではさせないはずだ。罪を
「「…御意」」
ジェローム達にも意図は伝わったようで、彼らは逡巡の後に再び首を垂れた。
◇◇◇
重臣達が出て行き静かになった謁見の間で、ヘルムートは大きく溜息を零した。
「…頑張ったね。アラン」
「いや、まだだ。………………これからだ」
「そう、だね」
やるべき事の多さに、頭が痛くなってくる。
まずは候補達と側仕えの尋問。
シェリーから破損品の詳細が届けば、賠償の手続きも必要になってくる。
裁判を行い罰を執行するまで、時間はかかるはずだ。城内の役人の中には、候補達の親類縁者も多い。彼らが減刑を求めてくる事は、想像に難くない。
───キイ、と。
謁見の間のやり取りが終わったからか、あちらで一区切りがついたのか。広間左側の、医務所に通じる扉が開かれた。
ヘルムートが見やると、そこから一人の医師が現れる。オロフ=エリクソン医師だった。
「失礼致します」
扉の前で一礼し、目の前のレッドカーペットへ歩いてくるエリクソンの顔色は悪い。
「…エリクソン医師。リーファの容態は?」
ヘルムートの問いかけに対し、エリクソンはいつもの間延びした相槌を封印して、消えりそうな声音で事実を報告した。
「側女殿の命に別状はありません。
ですが───御子様は、諦めて、頂きたく…」
目を伏せ、黙し、アランは静かに落胆した。
赤黒く激怒に染まっていた感情は即座に色を失い、悲嘆を示す深い青に塗り替えられていく。
懐妊を喜んでいた事も、名前付けに悩んでいた事も、”耳”が全て教えてくれていたから、この失意はヘルムートにも痛い程伝わってきた。
(…大失敗だ。
見合いは全て破談。アランの貴族に対する感情は嫌悪に落ちた。
側女ばかりを
胎の子も失われた今、懐妊する前よりも状況はずっと悪くなってしまった…!)
最悪の結果に、ヘルムートは
こんな事になると分かっていれば、リーファの出産を待って見合いを始めるべきだったが、もう取り返しがつかない。
「………そうか、分かった。
───引き続き、リーファを頼む」
「…はっ。心血を注ぎます」
悲嘆の色を纏ったエリクソンが深々と頭を下げると、アランは憂いに沈んだ面持ちで玉座から立ち上がった。マントをはためかせ、上階へ続く階段に顔を向ける。
「行こう」
「…うん」
今したい事、今してあげたい事以上に、今しなければならない事がある。
決意を秘めた背中を、ヘルムートはただ追いかける事しか出来なかった。
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