第2話 大切なご報告・1
翌日。ラッフレナンド城2階、執務室にて。
執務机には五冊もの冊子が置かれているが、アランはそれには興味を示さず、膝の上にリーファを侍らせて頭を撫でている。
「アラン」
ヘルムートはアランを半眼で見下ろしている。腕を組み辛抱強く
しばらくリーファで誤魔化していたアランだったが、やがて諦めヘルムートに抗議した。
「…別に今でなくてもいいだろう?」
「そうはいかないよ。王が一年以上独り身だなんてあり得ないんだから」
「ブリセイダだって独身だろうに」
「うちはうち、余所は余所!」
「………………」
語気強めに叱られてしまって、アランが唇を尖らせる。
居たたまれなくなって、リーファは冊子───見合い女性のプロフィール───の一冊を手に取った。
「こ、候補の人結構いっぱいいるんですね。
片っ端から振ってて、もうアテがないと思ってました」
ページをめくると、見合い相手の名前、年齢、身長、スリーサイズから、経歴までが事細かに書かれていた。
「ああ。国内にいる女性達の中で、家柄に申し分なく品格も備わった、まさに淑女の中の淑女だよ。
まだ候補になりそうな女性はいなくもないんだけど…。
これ以上の逸材となると、今度は国外を探さないといけない」
最後のページには女性の似顔絵が鉛筆で描かれていた。写真という、その場の風景や人を写した技術の話は時折聞くが、まだ普及には程遠いのかこうして絵で描かれるのが主流のようだ。
似顔絵は少女だった。緩いウェーブがかかった髪を結わえた彼女は、リーファよりも若く見える。とても可愛らしく描かれており、先の情報を合わせても金髪碧眼、まさに絵に描いたようなお姫様だ。
「わあ、可愛い………、───あ」
頬を赤くして似顔絵を眺めていたら、頭上から手が伸びてきて冊子を取り上げた。手の主であるアランは、その冊子を乱暴に机へ放り投げる。
「魂の騒動がようやく落ち着いたというのに、すぐさま見合いでは身が持たん。
今月は年末行事が、年が明ければ新年行事に忙しい。
せめて三ヶ月は先にして欲しいのだがな」
「アランが三ヶ月後って言うならそう手続きをするんだけどね。
でもね。君の事だから、三ヶ月経ったら経ったでまたケチつけるでしょ?」
「………………そんな事は、ない」
そこそこ長めの沈黙から察するに、どうやらのらりくらりと先延ばしにするつもりらしい。
ヘルムートは大きく溜息を吐いた。これではいつまで経っても正妃が決まらない。
「…アランが嫌がる理由は、僕にだって分かるさ。
その”目”がなければ、ここまで女性不振にもならなかっただろう。
でもね。女性なんて、着飾って見栄張ってやきもち妬いて腹黒いのが当たり前なんだから」
物腰柔らかそうな青年の口から棘のある発言が飛び出て、リーファは頭が痛くなった。
「へ…ヘルムート様の女性観も、なかなかですね…?」
「アランの方がもっと酷いと思うけどね」
そう言われてアランの方を見上げると、彼は心底嫌そうにぼやく。
「会う女がどす黒い空気を撒き散らしてすり寄ってくるのだ。気持ち良い訳がないだろう」
「…やっぱり私も、そんな風に見えます?」
アランを見つめ、恐る恐る訊ねてみる。彼は細目でリーファを見下ろし、無表情のままぼやいた。
「………大分、慣れた」
と言って、何故かリーファの頭を撫でてくる。押し付けるように頭頂部に手を置くものだから、自然と
異性が真っ黒い空気を纏って近づいてくるのは、確かに嫌かもしれない。自分も同じように見えると言うのなら、やましい気持ちが見えてしまっているのだろう。
「それは…もうしわけありませんです、はい…。
アラン様には嘘はつかないようにしているつもりなんですけど…何か、考えちゃうんでしょうかね。気を付けます…」
「ああ、努力しろ」
アランは頭に乗せていた手を背中に回して抱き寄せた。リーファの頭に自分の顔を埋めてキスを落とす。
リーファを腕の中でもみくちゃにしながら、アランはふと思い立ってヘルムートに薄ら笑いを向けた。
「…ところでヘルムート。先の
「へ?…いやあ、ミアは別だから。彼女を女性のくくりに入れたらいけない。
アランも知っていると思うけど、彼女の性格面における雄々しさは男なんかとは比べ物に───」
とても気分良さそうに妻自慢を始めてしまったヘルムートとは対照的に、アランは『しまった』とでも言うような表情で明後日の方を向いていた。どうやら、ヘルムートの愛妻ぶりを忘れていたらしい。
”ミア”というのはヘルムートの嫁らしいが、リーファも詳しい事は知らない。
ヘルムートがこの女性と一緒になる為に王子の立場を捨てたという話や、実家へ戻っている姿を見ていない事、そして先の女性観の話を聞く限り、とてもさばさばした性格の女性なのだろうかと想像してしまう。
(不妊の呪いを解いて結構経つけど…あれからどうなったんだろ…?)
確か、『不妊について揉めている』と言っていたような気がしたが、あれから実家に戻っている様子はない。
人様の妊娠事情を聞くのは野暮だが、呪いを解いた手前どうにも気になってしまう。
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