Ⅲ.
第十三章 刻まれたその名は
第1話 短い短い出会い
日が暮れても人の行き来があるラッフレナンド城は、廊下や部屋にある程度灯りが灯されている。しかしさすがに深夜ともなると、灯りを残す箇所はわずかだ。
側女の部屋も例外ではない。アランの意向により、リーファと睦む間は部屋中の灯りをつけておくが、就寝時には全て消してしまう。最近のアランは朝まで目を覚まさないので、必要がないのだ。
そんな深夜の側女の部屋で、リーファがふと目を覚ました。
リーファにとって深夜の時間は貴重だ。
昼間はアランの側につく事が多いし、城を歩き回れば誰かしらの目に留まってしまう。
グリムリーパーとして墓地の魂回収に勤しんだり、非実体化して城内外を飛び回ったり、
外はすっかり冬の姿に様変わりしている。
中庭は冬の花であるパンジーやビオラが花を咲かせているし、ラダマスの居城ほどではないがほんのりと雪が積もる事はある。
城の中で過ごしていても暖炉のぬくもりは無視出来なくなってきたし、寝る時は毛布を何枚もかけて丸まらないと辛くなってきた、そんな時期だ。
リーファは体を起こし、その隣で寝息を立てているアランを見下ろす。
今夜は空気も澄んでいて月も出ているから、窓から覗ける中庭の景色は明るい。ほんのり差し込む月光はベッドまでは届かないが、それでもアランの寝顔を見るには十分だ。
(きれいな髪…)
うっとりと、見入ってしまう。
アランの金髪は、かなり強めのウェーブがかかっているのにまるで絹糸のように美しい。常日頃髪を無造作に下ろしたままなのは、結わえる髪紐がその滑らかさに滑り落ちてしまうからだという。
茜色の髪を持つリーファは、そんなアランの髪が羨ましいと思っていた。
ここいらで知られている
茜色、というか赤毛のヒロインもいない事はないのだが、どこか泥臭い気合だけで突き進む話ばかりだ。
(アラン様の隣に立ってくれる女性が、こんな金髪の人なら良いのに…)
アランを見てアランの正妃の事を考えるのもおかしな話だなと、リーファは声を抑えて苦笑した。
好みもあるから口出しなど出来るはずもないが、しがない一市民としては、絵になる国王夫妻を想像せずにはいられない。
(…!)
リーファは声には出さないように、はっ、と息を呑んだ。
アランの肩の側に、綿毛の塊のような物が浮いていたのだ。
とても小さく、小指の先程の大きさしかない。魂のようにも見えたが、人の生涯を指し示す白い帯が伸びていない。
(生まれてすぐ死んだ子は、帯が短くて見えないって聞いた事はあるけど───でも、これは、もしかして)
手を伸ばすと、やや迷ったように揺れたそれはリーファの側に寄ってくる。
両手の中でしばらく遊ぶように跳ねたそれだったが、やがて手の外に転がり、毛布の上───リーファの膝の上へと降り立つ。
そして一度だけその場で跳ね、リーファの体の方へと飛び込んできた。
(っ!)
リーファの腹───へその少し下にぶつかった直前、淡く優しい光が弾けた。
後には何も残らず、リーファの体にも異常はない。
(………………)
短い短い出会いが終われば、部屋はいつも通りの夜を染めている。アランは眠ったまま。この出来事を知っているのはリーファしかいない。
部屋の寒さに身震いを一つして、リーファは毛布をかけ直し目を閉じる。
へその下を恐る恐る撫でてみると、瞼の奥で小さく光が明滅したような気がした。
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