第11話 彼女のやるべき事

 ある晴れた昼下がりのラッフレナンド城。

 今日はアランに時間の余裕が出来たらしく、頃合いを見計らって墓参りに行く事になっている。


 リーファは側女の部屋で、一人黙々と墓参り用の花の準備をしていた。

 急に決まった話だったので、花は城の中庭で育っていたカーネーションにした。

 白に近いピンクから赤みが強いものまで花びらの色は様々だ。あまりたくさんは摘めなかったが、花束にしてみるとなかなか豪華になってしまった。

 カーネーションを包装紙とリボンでまとめ、不格好ながら花束が出来上がるとテーブルに置いた。出発までそう時間はかからないだろう。


 ベランダ側の机の椅子に腰をかけて、リーファは引き出しを開けた。既に封がされた封筒が四通入っている。


 記憶を失っていた頃のリーファは色んな人達と出会ったらしく、その人達に記憶が戻った事を伝えたいと思ったのだ。

 記憶になくても、日記には彼らとの思い出がしっかり詰まっていたから。

 記憶になくても、感謝の思いは伝えておきたいから。


 身支度を整えてくれた、城下の雑貨屋ブリアック=ラモー店主。

 歌を教えてくれた、マゼスト村のニーク=アルケマ、フランカ=アルケマ夫妻。

 ラダマスのもとへと導いてくれた、ビザロの町のハドリー牧師。

 そしていらぬ心配をかけてしまった、ガルバート村のヴェルナ=カイヤライネン。

 この四人宛ての手紙は、既に書き終えている。


 友人にも送ろうか考えていた矢先に、ルジェク=アダムチーク男爵の話を知る事となった為、そちらにも謝罪の手紙を送るつもりだ。


(伯母さん達へは…書かなくてもいいかぁ…)


 アダムチーク家にあの伯母夫婦がやらかした事を思い出し、つい溜息が零れた。

 男爵の一件もあるが、以前送った手紙の時からこれと言って反応がなかったので、もう国内にはいないのかもしれない。


 ───コンコン。


 部屋に響くノック音に、リーファは顔を上げた。

 振り返った途端に扉は開かれ、アランが顔だけを出してきた。


「何をしている。行くぞ」

「は、はい」


 思ったよりも早い出発になったようだ。

 封筒を引き出しに戻して、テーブルの花束を手に取ってリーファは部屋を後にした。


「あっ」


 廊下に出て早々、リーファはアランの格好に面食らった。


 彼が着ていたのは、オリーブ色のセーターだった。縄状文様の編み目になっていて、色は控えめだが決して平坦ではない。首元から白地のワイシャツがちらりと覗いており、肩に白いマフラーを無造作に垂らしている。

 ボトムはクリーム色のズボンだ。筋肉質なアランの足をなぞるようなスリムシルエットで、スタイルの良さが際立っていた。


 王城の廊下に佇む姿は少しばかり場違いではあったが、アラン自身の品の良さも相まって何とも優美だった。


「セーターとマフラー…着て下さったんですね…」


 このセーターとマフラーは、リーファが秋口に差し掛かる頃に編んだものだ。

 あの時は『どうせ着ないよね』と思ってはいたが、こうして本人が着ている姿を見ると、何とも感慨深い想いがある。


 編み込んで一つにまとめられた金髪を背中へ放り、アランはほくそ笑む。


「こんな時でもないと、着る機会がないからな」

「帽子と手袋も作れば良かったですね」

「ああ、今からでも遅くない。私の為に精々励むといい」


 そんな他愛ない話をしながら、ふたりは肩を並べて廊下を歩いて行く。


 本城の3階はとても物静かだが、階段を降りて行けば役所の喧噪が聞こえてくる。役所と王城が一緒くたになっている、ラッフレナンド城特有の日常だ。


 1階まで降り賑やかな役所フロアを東へ抜けながら、アランはリーファが携えている花束の事を訊ねてきた。


「その花は、カーネーションか?」

「はい。中庭で育っていたので少し貰ってきました。

 花びらの色によって花言葉が違うそうなんですが…。

 一般的には、”無垢で深い愛”と、そう呼ばれているそうです。

 赤は”母への愛”と、白は”私の愛は生きています”と、言うそうですよ」

「………そう、か」


 花言葉に思う所があるのか、アランが少し動揺しているのが見て取れた。


 たまたま咲いていた花だったので、以前話していた故人に相応しいものかまでは分からないが、不釣り合いならばアランから即ケチが飛んでくるだろう。可も不可もなかったと思いたい。


 黙したまま城の外へと向かうアランに追従し、リーファは物思いに耽る。


 ───グリムリーパーの姿で初めてアランに会いに行ったあの日から、そろそろ一年が経とうとしていた。


 側女になったばかりの頃は、疎まれる事も多かった。

 蹴飛ばされたり噛みつかれたりと痛い思いをしたが、あれは城から出す為の口実だったのだと、今なら分かる。

 髪を切ったのも、その一環だったのだろう。随分乱暴な話だが、『アランに非があると認められれば慰謝料が支払われる』と、ヘルムートが言っていたのだ。


 しかしその必要もなくなり、アランがリーファを受け入れるようになってからは酷い行いも鳴りを潜めていった。

 グリムリーパーのリーファも”抱ける”と知ってからは、スキンシップが更に増えた。


 そして、記憶喪失の一件を経て。


 どんな”教育”がされたのかは分からないが、ノックなしで扉を開けていたアランがノックをするようになり、挨拶もちゃんと返してくれるようになった。

 聞けば、役人やメイドにも柔らかい対応をするようになったらしく、『他愛ない話を振りやすくなった』と言っていた人もいた。


 一年足らずで人の心境が刻々と変化する様を目の当たりにするのは、不思議な気持ちだ。


 だから。だからあとは───


(私の務めを、果たさないと)


 王という立場上条件は良いのだ。

 アランの性格面での良い評判が広まれば、見合いの話は降ってわいてくるだろう。


 正妃が決まり国の体制が整えば、リーファはただ自分に課せられた仕事を成せばいい。

 アランの御子を産む、という大業を。


 リーファは何となく気になって、腹を───へその下を、撫でる。

 少し思う事があるが、意味はない。ないのだが。


「…アラン様。今日は、墓地まで歩いて行きません?」


 唐突な提案に、アランは振り返り怪訝な顔をした。廊下はとうに抜け、今は本城の外だ。城壁のすぐ側の馬小屋が眼前にある。


「馬に乗ろうと思ったのだが…何故だ?」

「う、上手く乗馬できる気がしなくて…」


 苦笑いを浮かべて言い訳をすると、アランは失笑し口の端を吊り上げた。


「何を言うかと。いつも私にまたがって見事に乗りこなしてみせる女が」


 城のど真ん中でしれっととんでもない事を言うものだから、リーファの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 普段と格好が違うとは言え、一国の王であるアランがそこにいて、兵士も来客もアランの姿に目を留めているのに。


「い───いつもじゃないですっ。こんな所で何て事言うんですかっ!」


 頬を膨らませて猛抗議するリーファを見て、アランが上機嫌に笑った。


「分かった分かった。そう騒ぐな。一緒に歩いてやるから機嫌を直せ。な?」


 そしてリーファの後ろ頭に手を回し、自分の胸元に抱き寄せる。おまけに頭頂に優しくキスしてくるものだから、リーファはびくっと身を竦ませた。


 こうしたアランの言動に、リーファがむず痒い思いをする日々は続いている。

 これは、『こうすればリーファが喜ぶ』『こう言えばリーファは許してくれる』と学習した結果らしい。


 つまり今の言動は『こうすればお前は喜ぶんだろう?ほら、さっさと許せ』と訴えているようなものなのだ。

 ここで喜んでしまうのは、リーファとしては業腹なのだが───


(アラン様が頑張って、女性の扱いを覚えてくれたんだから…だから…っ)


 今まで女性を寄せ付けなかったアランが、ここまでしてくれているのだ。リーファ個人の気持ちで、アランの努力を無下にする訳にはいかない。


「う、む、む。よろしく、お願いします…」


 他の正妃候補の女性達にもこうして努力してくれる事を願って。

 リーファが頬を赤らめ苦虫を嚙み潰したような複雑な顔をして受け入れると、アランは嬉しそうにクスクスと笑って解放してくれた。


 アランが左腕をちょっとだけ開く仕草をするものだから、リーファはそっと彼の腕に手を絡める。

 歩きにくくはあるが、寒風が強くなっていくこの季節にはこの位が丁度良いかもしれない。


「温かいな…」

「寒くはないですか?」

「ああ。───胸が熱くなりそうだ」


 まんざらでもなさそうにはにかむアランを見上げ、リーファは優しく微笑み返す。


「そうですか。…それなら、良かった」


 そして、ふたりは城下の墓地へと出かけて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る