第3話 大切なご報告・2

 呪いの一件を思い出して、自分の事も思い出す。躊躇ためらっている事と言ったらこれしかない。


「あの…アラン様」

「ん?」


 ヘルムートの馴れ初め話に発展しかけていた所で、リーファはアランに声をかけた。厄介な話から話題が逸れると思ったのだろう。その表情は鳥肌が立つ程優しい。


「リーファ。甘やかしたらダメだからね」


 話の腰を折られて不満そうにヘルムートが釘を刺してきたが、リーファは首を横に振った。


「違うんです。これは、正妃様に関わる事なので…」


 アランの優しかった顔立ちが途端に不機嫌に変わる。


「お前も私にケチをつけるか?リーファ」

「そうではないんです…ええと。

 アラン様が、正妃様選びに慎重な気持ちも分かるんです。

 体の相性は大切ですし、品位とか教養とかも考慮しないといけませんし、アラン様が一目で認められるような人がいればとは思います。

 急いで欲しいとは言えないんですが…その」

「回りくどい。もったいぶらずにさっさと言え」


 苛立たし気に叱りつけてくるアランに気圧けおされ、リーファはうつむきながらぼそりと告白した。


「妊娠、したかもしれないんです………私」

「「──────」」


 アランとヘルムートが同時に絶句している。異母兄弟であまり外見は似ていないふたりだが、口を開けて目を見開く仕草はよく似ていると思う。


 驚き固まっているふたりをなだめるように、リーファは慌てて手を振った。


「あ、え、わ。ち、違うんです。いや、違わないんですけどっ。

 き、昨日の夜、小さな魂みたいなものが私のお腹に入って行って…。

 魂の中には白い帯が生えてないものがいるんですけど、そういうのは回収出来ない事があるんです。

『悪さはしないから無視していい』と父から言われてたんですが…!

 も、もしかしたらあれが、これから生まれてくる子供の魂なのかなって…」


 何も反応せず黙り込んでいるふたりを交互に見て、リーファは肩を落とした。


「記憶喪失の時の日記を見たら、城にいる間に生理が来てたらしくて…。

 時期的にもうそろそろ来ててもおかしくはないんですが…今回、ちょっと遅いなって思ってたんです。

 昔は不順でしたし、少し前にあちこち遠出をしたのが原因かもなって思ってて、確証はないんですが…」


 そこまでまくし立てて、リーファは我に返り顔を真っ赤にした。

 勢い余って男性に自分の生理事情を暴露してしまうとは。おまけにマスクもしていないから、扉の前にいる衛兵とか、執務室の外にいる人とかに話が漏れてしまったかもしれない。


「わ───わわわ、忘れて、忘れて下さい!特にヘルムート様!」


 立ち上がり手をバタバタさせてヘルムートにお願いしようとしたら、横からその腕が掴まれ引き寄せられた。

 アランが、リーファの腕をしっかりと掴んでいる。加えてもう一方の手でリーファの体をしっかりと捉え、優しく抱き寄せる。


 アランの顔がすぐ側に近づいて、真剣な眼差しでリーファに囁いた。


「あまり暴れるな───体に障ったら、事だぞ」

「は、は、はい。すみません」


 思っていた以上に取り乱していた事に気が付き、アランの腕の中で心音を治める。肩で息を吸って、ゆっくり吐き出し、また息を吸ってまた吐いて。


 しばらくそれを続けていると、アランが呆然としていたヘルムートに声をかけた。


「───十四日後だ」

「…え?」


 未だぼんやりとしているヘルムートに対して、念を押すようにアランが告げる。


「十四日後に見合いを行う。五人まとめてだ」

「ん?いやちょ?待って?」


 ヘルムートが慌てふためくのも無理はない。

 今の今まで見合いに難色を示していたのに、リーファの懐妊を知った途端この反応だ。しかも十四日後と期限が極端に短い。


 見合いの女性達の出身地までは見ていなかったが、城内での手続き、内容を女性達へ展開、女性達の支度や移動時間を考慮しても、一ヶ月は欲しいだろう。


「急ぎたいのはやまやまだけど、二週間で手続きや手配は無理なんだけど…」

「何を悠長な事を。出産まで二ヶ月しかないんだぞ?」

「どこ情報なのそれ!人の出産はイヌやネコとは違うよ?!」


 何かとんでもない所で勘違いをしていたアランに、ヘルムートが突っ込みを入れている。

 勉強不足を思い知らされ、憮然とした表情でアランがヘルムートに訊ねた。


「…では、どのくらいだ?」

「え、ええと…。は、半年位かなー…?」


 さすがに、『あなたもか。』とはリーファも突っ込めなかった。


 ヘルムートが困り果てた様子で頬を掻き、そこから執務室に短い沈黙が流れた。

 アランは不満そうにジト目で見上げ、ヘルムートが居心地悪そうに明後日の方を見やって。


 そして───ふたりとも、ほぼ同時にリーファを見下ろしてきた。『どちらが正しいんだ?』と言わんばかりだ。


「ええと………おふたりとも、少しお勉強しましょうか…?」


 口の端を引きつらせながら、リーファは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

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