第2話 禁書庫の老人・2
逡巡したが、ちゃんと説明しなければアランは納得しないだろう。
リーファは覚悟を決めて、自分が考えていた事を語り出した。
「…ちょっと説明がしづらいんですけど。
ざっくり言うと、世界にはああいう人が何人かいるらしいんです」
本当にざっくりした説明に、アランとヘルムートは怪訝に顔を見合わせてしまった。
「ああいう、って?」
「まさに、ああ、なんです。
いきなりふらっと現れて、なんか的確なアドバイスをしてくれて、気がついたらいなくなる、みたいな」
「…あちら側の話?」
「そうですね。聞いたのは父からだったので。
父は、『常に居て、常に在らず、望めば現れ、求めれば去る者』と言っていました」
もう一度、アランとヘルムートは顔を見合わせた。仲の良い兄弟だ。
そしてこちらに向き直り、似たような反応を返してくる。
「そんな都合の良い生き物がいてたまるか」
「爺とは別人なんじゃないの?」
懐疑的になるアラン達の気持ちは、リーファも理解出来た。これが正しければ、魔術師すらも寄せ付けないラッフレナンド城の中枢に、人かも疑わしい存在がいる事になってしまう。
しかし、人間以外の種族───魔物やグリムリーパーとも接点のあるリーファとしては、その可能性がないとは思えなかったのだ。
「私もそう思いたいんですが………爺様の印象は、父の言葉とあまりにも一致している気がして。
最近顔を見せてくれるのは、知識を望まれてるから現れてるだけなんじゃないかなって思うんです」
「…知識を望めば現れ、爺自身が求められれば去る、と?」
「はい」
リーファの意見を受けて、アランは目を伏せしばし黙考した。どうやら心当たりがあるらしい。
「…生命維持装置の一件で逃げられた事も、爺個人が求められたが為に去ったと言えなくもないが…」
「…よくよく考えれば僕達、爺がいつからいて、なんて名前なのかも知らないんだよね…」
納得いかないながらも否定しきれないようで、アランもヘルムートも悩ましげに唸り声を上げた。
城に居て国に貢献している人物の名前を知らないなど、不思議を通り越して問題ではないか、と思えなくもない。
しかしリーファ自身も、あの老人は”爺様”としか認識出来ていない。人の事をあんまり言える立場にないのだ。
「爺様がそういった存在なのかはともかく…今は私達にとって、とても稀有な時間なんだと思います。爺様の助言を得られるんですから。
………ですけど………」
リーファの意図した事は、どうやらふたりにも伝わったようだ。
「…この事を僕達が知って、もしかしたらもう出てこなくなるかも?」
「言ってしまっても良いかとは、そういう話か…!?」
「そうです。一度気になると、色々知りたくなるでしょう?
私も、もうあの司書室に入らせてもらえないかもしれません」
と、そこまで言って、リーファはふと思い出した事を口にする。
「…ああでも、『今度タルト・タタンを作ってくる』って言っておきましたから、もう一回位は入らせてくれるかも?」
リーファがおかしな事を言うものだから、ヘルムートは呆れた様子で肩を落とした。
実際、今回顔を出した時も土産持参でお邪魔しているので、茶飲み仲間としてなら会いに行く事は出来るかもしれない。
「…昔から甘いものは好きだったけどねぇ。爺は」
「結局、爺をアテには出来ないという事か…」
執務机に肘を立てて手を組み、残念そうにアランは溜息を零した。
「しちゃいけないんだと思いますよ?
物理的に空間を超越したり、望めば出てくる知識なんて…。
戦争してたとして、そんな便利なものが敵国にあったら怖いじゃないですか」
「………確かにな」
リーファの意見に、アランは目を伏せ顔をしかめた。ヘルムートも息を呑み、執務室に沈黙が落ちた。
恐らく老人がここまで干渉して来たのは、アラン達王族が知る限り初めてだったのかもしれない。
そうでなければ、知りたい情報を教えてくれて行きたい場所へ行ける部屋の扉など、全力でこじ開けようとするはずだ。
しかし、今回は助け舟を出してくれた。
ラッフレナンドの人達から狙われる可能性があったとしても、その手引きは必要だと考えたのだろう。
(何故助けて下さったかは分からないけど…。
あの人当たりの良さそうな爺様が、この国を悪いようにするとは思えないのよね………………あ)
不意に、リーファは忘れかけていた事を思い出す。
老人の素性について追及されてしまったので、老人からのお願いを忘れてしまう所だった。
「…そういえば、爺様よりアラン様に伝言を預かってました」
首を傾げ眉根を寄せたアランの前で、リーファはスカートのポケットをごそごそ探って紙を一枚取り出した。
大きさは手のひら大程度で、何の変哲もない真っ白なメモ用紙だ。
「…なんだ、それは」
「一言一句間違えずに伝えて欲しいと言われたもので、メモっておいたんです。ええと…」
綺麗とは言い難い自分の文字に目を通し、リーファはそのまま読み上げた。
「『
そしてメモを、驚いたように目を丸くしているアランに手渡した。
メモを取っている間も思ったが、何だか今生の別れとも取れる言い回しだ。今後二度と顔を合わせない人に対して告げているかのような。あるいは、もう会う気はないのかもしれないが。
しかしアランはそのメモを眺め、口元を緩めていた。
「そうか、───そう、か」
その嬉しそうな表情は、まるで親から認められた子供のようにも見えた。
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