第38話 荒療治の成果

 側女の部屋へ戻ったリーファは、忙しいアラン達に代わってメイド長のシェリーからここ最近の出来事を聞いた。


「いっかげつ…」


 顔を青くして項垂うなだれたリーファの口から零れた『一ヶ月』とは、リーファが記憶喪失になってから今に至るまでの期間の事だ。


 シェリーに探してもらって渡されたノートには、記憶を無くしている間のリーファの足跡が事細かに記されていた。

 記憶を失い東へ旅立った事。歌を教わり、サンという女性吟遊詩人と町を渡った事。そして、ラッフレナンドに降りかかった怪異を解決した事も、全て日記に記されていた。


 約十日で城へ戻った後は、来城したサンと楽しく過ごしたようだ。一緒にパーティーで歌を披露した事もあったらしく、大勢の喝采かっさいを博したとか。

 サンに関しては、パーティーに居合わせた他国の音楽家からアプローチがあったようで、そちらの国に行く事になったようだ。


「城に戻されてからのリーファ様は、”豪胆”の一言に尽きましたわ。

 陛下の言動にことごとくダメだしをされてましたし、時には平手の制裁もしておりましたから。

 陛下も負けじと反論なさいましたけど、その都度ぐうの音が出なくなるまで畳み掛けておりました。

 …そうそう。一番堪えたのは、夜の逢瀬で怒鳴られた事だったとか。

『でかければいいってもんじゃない!』『演技に決まってるでしょう?!』…と」


 自分の事でもここまで誇らしくは語らないだろう。”記憶のないリーファ”について教えてくれるシェリーは、とても嬉々としていた。


 一方のリーファは、自分ではない自分の行動にかなり混乱していた。自責の念に駆られたが、こればかりは自身を責めても何の意味もない。記憶喪失になったきっかけだってアランによるものだから、結局はアランの自業自得だ。


 王に手を上げるなどあってはならない重罪だが、ノートには『おじいちゃんのガラス玉を見せて脅した』と書かれていたから、昨日までそうして日々を過ごしていたのだろう。


(そうやって、あのアラン様が出来上がった…と…)


 品のある笑顔と優しい言葉遣いをアランに求めた事はない。

 しかしリーファも、『王子様って言えば、気品があって誰にでも優しくて…』とざっくりした王族のイメージは持っていたから、アランに対しては諦めていたその部分を押し付けた可能性はあった。

 今朝方の兵士や役人に対して感じた違和感を思い起こすと、相当厳しく接していたのではないかと考えさせられる。


(あああああ、穴があったら入りたい…!)


 今更だが、アランに合わせる顔がない。今すぐ城から出て行きたい気分だ。


「それで、どうなんですの?」

「───え?」


 不意を突くシェリーの質問に、いっぱいいっぱいのリーファは少し戸惑った。


「夜の逢瀬の話です。リーファ様から思う事はあったのでは?」


 シェリーはそちらの話が気になったようだ。

 側女の務めが出来るようになってからは出なくなってしまった話題だが、問題が起こっているのなら解決したいと思うのだろう。


 大分時間をかけて、当たり障りのない事だけを答えていく。


「えー………あー………。

 …あ、アラン様が私の話を聞かないのは…いつもの事、ですし。

 我慢すれば…いつかは終わります、から。

 で、でも演技ばっかじゃないですよ?ちゃんと、気持ちのいい時も、あるので…。

 シェリーさんも、ありますよね?触られるだけでも痛い時とか。

 アラン様にそういうのを相談するのは気が引けて…、男の人が抱きたい時ってよく分かりませんし…。

 むしろそういう時の方が妊娠しやすいだなんて話も聞きますから…」


 最後の方は取り留めのない話になってしまったが、シェリーはコクコクとうなずいてリーファの話を理解したようだ。


「なるほど、そういう事ですか。───だそうですよ、陛下?」

「そうか」

「えっ」


 ───バタン!


 計ったように颯爽と部屋に入ってきたアランを見て、リーファの血の気が一気に引いた。


 怒っているかと身構えたが、アランはとても上機嫌だった。爽やかな笑顔でリーファの隣に座ると、優しく手の甲にキスしてきた。

 ぶわっと鳥肌が立った。手が汗をかき始め、緊張を訴えてきている。


「今まで無理強いをさせてすまなかったな、リーファ。

 私も女性の気持ちを理解する想いが足りていなかったようだ。

 記憶を失ったお前からの助言で、女性の何たるかを感じ取る事が出来た。

 お前には感謝せねばならんな」

「い、い、い、いえ。そんな、恐れ多いですアラン様。

 アラン様に多大なご迷惑をおかけしたみたいできゅふんっ?!」


 アランの手が伸びてきて、リーファのくびれを優しく撫でまわした。たったそれだけなのに、リーファの体は変に反応してのけ反ってしまった。


(な、何、今の?!)


 この体の癖は、自分が知らないものだった。全身を駆け巡るようなしびれ。急所を打ち抜いたような一撃。頭を蕩かすような衝撃。


 今までに感じた事のない感触にリーファが身震いしていると、満足そうにアランがほくそ笑んだ。


「ここ数週間で、お前の体はじっくりと研究している。

 昨日は、記憶のなかったお前から初めて及第点を貰ってな。

 あのお前に会えなくなったのは残念だが…私の為にせっかく戻ってきてくれたのだ。一ヶ月前と比べてどれほど改善されたか、今夜はたっぷりお披露目をしようじゃないか。

 …いや、この後は時間もあるし、どうせなら今からはどうだ?」


 とんでもない提案に、リーファの顔が強張こわばった。

 ちょっと触られただけでこんなに感じてしまうのに、これから何をされてどうなってしまうのか。考えただけでゾッとした。


「や…やめっ…今、今は…ちょっ…と…!」

「ふふ、待ちきれないと見える。シェリー、席を外せ」

「かしこまりました」

「しぇりーさ………まっ…待っ…てぇ………っ!」


 抵抗むなしく、リーファはアランに抱き上げられてしまう。


 リーファの視界から笑顔のシェリーが消え、さほど時間はかからずに側女の部屋の扉がぱたりと閉じる音が聞こえた。


「昨夜のお前はとても強情だったが…今日のお前はどんな声でさえずるのかな…?」


 ベッドにゆっくりと寝転がされ、目の前で甘く囁くアランの言葉にリーファは泣きそうになった。

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