第2話 一週間が経って・2
そんな中、シェリーは優雅な仕草で紅茶を飲む手を止めて、リーファに問いかけてきた。
「それで、その後は?」
「?」
「何もないんですか?毎晩」
シェリーが言っているのは、弄られた後の話のようだ。側女の務めの肝とも言える。
リーファは記憶を掘り起こす。疲れ果てて寝てしまうのか、気付いたら朝になっている事もあるから、そういう時の事までは覚えていられない。でも体の具合を見る限りでは───
「あ…はい。ない…ですね。抱いてもらえてません…。
いつも私を
『湯たんぽになれ』って言われて足蹴にされる時もありますし…。
『狭いからソファに行け』ってベッドから追い出される事もあって…それはまちまちですね。
…そういえば、気が付くとベッドからいなくなってる時があって………どこに行ってるのか…」
はあ、とその場にいた女性達の誰からも長い溜息が漏れた。
側女の存在が即位の条件に含まれているのは、王と側女の子であっても王の子として認められているからだと言う。
つまり側女であっても、御子───王子や王女───を産む務め位は出来るという事だ。
勿論、これから正妃や多くの側女を抱える事になるだろう。
胎を痛めた子が必ず王位つける訳ではないが、アランの選択肢の一つにはなるはずだ。
その手伝いをするという意味では、側女も国に関わる大切な役職だと言えなくもないのだが───
(抱いて貰えないんじゃ、ここにいる意味がないものね…)
笑顔を取り繕ってはいるが、シェリーの表情は硬い。肩を震わせ、とても残念そうにしている。
「何となく…何となく、そんな気がしておりましたが、そういう事でしたか…。
全く…道理で呼び出しが減らないと思ったら…」
「「「え?」」」
シェリーのどこか含みのある言い方に、リーファと控えていたメイド達の疑問が唱和した。
部屋の雰囲気が変わった事に気付いたのか、シェリーはコホンと一つ咳をしてはぐらかす。
「失礼。こちらの話です。…それでは参りましょうか」
いきなりな事を言われてしまい、リーファは首を傾げた。
「どこへですか?」
シェリーは控えていたメイド達に顔を向けた。
彼女達は察した様子で、リーファの座っているソファの左右に移動した。
メイド長も立ち上がり、人を惹きつけてやまない美しい笑顔をリーファに向けた。
「魅力がないなら作れば良いだけの事です。
陛下がお好きな香り、肌質、服装、作法───
リーファ様の全てが陛下の及第点に届くよう、腕によりをかけましょう」
「は?」
左右のメイドが両脇に腕を差し込んで肩にかけ立ち上がる。
あっという間に担ぎ上げられたリーファは、更にメイド達に膝も抱えられてしまった。
この華奢なメイド達のどこにそんな膂力があるのか感心しながら、目の前でニコニコしているシェリーに一応言ってみる。
「あ、あの…出来れば暴力は止めて欲しいかなーって、そういう話なんですけど…」
「何をおっしゃるのです!見返してやりたいとは思いませんの?」
そう言って詰め寄るシェリーの表情は真剣だ。
国の政を円滑にするのがメイドの務めでもあるだろうが、それ以上に私事が含まれているような気がする。
(でも、ただここに居続けるよりはいいかな………暇だし)
リーファも、やぶさかでないのだ。
ここは、庶民のリーファにとって別世界のような場所だ。
作法、ルール、仕組み。何から何まで分からない事だらけだ。
マナー本を読んで分かった振りをするのは簡単だが、体験して得られるものも多いだろう。
本場の指導が受けられる機会を、逃す理由はない。
「…そう…ですね………まあ、思わないでも、ないですね…」
「では参りましょう!すぐ参りましょう!
陛下の面倒事を一つでも解消すべく、努力を怠ってはなりません!」
やる気に満ちたメイド達に担ぎ上げられ、リーファは側女の部屋から連れ出されて行く。どこかに学習室でも用意してくれているのだろうか。
(陛下の及第点に届く自信なんて全然ないけど…。
せめて正妃様や他の側女の方を抱えるようになるまでの、中継ぎくらいは出来るようになっておきたいものね…)
リーファの務めは、側女として王の御子を産み、王に差し出す事だ。
アランの御子を産めば、ここにいる理由はなくなる。
あるいは、正妃を娶り側女を増やせば、お役御免となって城から出される事になるかもしれない。
どちらになるかは分からないが。
(やれる事は、やっておかないとな…)
気が付いたら大浴場の扉の前まで辿り着いており、リーファの肌に緊張のようなものが走った気がした。
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