第14話 町の夜は歌声で沸く

 ラッフレナンド東部にある石造りの町ビザロは、規模の大きい町だ。


 近くの山で良質の大理石が採れる為、建物の多くが大理石で建造されている。

 高級感のある光沢と独特な模様は、建物のみならず町の中央にある噴水広場の床にも用いられていて華やかだ。


 加えて、ビザロの町は食文化も豊かだ。


 北東へ伸びる道を進んでいくと、肥沃な土地の農業国シュテルベントに繋がる東の国境ペルダンがある。ペルダンからはシュテルベントの穀物や野菜が日々輸入されて来るので、長旅で疲れ切った旅人たちの口に潤いを与えてくれるのだ。


 ◇◇◇


 そんなビザロに幾つかある宿屋の内の一つ”大地のリンゴ亭”。

 ビザロの中でも中堅クラスと言われるこの宿は、いつもそれなりに賑わっているが、今夜は少しばかり雰囲気が違っていた。


 1階は食事スペースになっていて、多くの人が席に座って食事をとっている。

 それはいいのだが、宿屋の正面玄関から今夜の雰囲気にてられた者たちが詰めかけているのだ。こういう状況は店主のローベルトもちょっと記憶にない。


 食事スペースに併設されているステージには、一人の人物が立っている。

 きめの細かい白のヴェールで目元まで覆い隠し、髪の色までは分からない。ゆったりとした白の貫頭衣に袖のない派手な柄の羽織を着ており、その小柄さから女と推測する者は多いだろう。


 後ろに控えるように、椅子に座ったハープ使いの女がハープを奏でている。こちらの衣装も、ヴェールの女とよく似ている。頭に巻いたバンダナは宝石をちりばめていて洒落ている。


 ハープの音色に合わせて、ヴェールの女がしっとりと歌い始めた。


「”あなたの心は離れて消えた、気高く微笑む月桂樹、夜霧と霞に絡めとられて、もうこの想いは届かない”」


 ”月桂樹の女”───ラッフレナンド界隈では知られた歌だが、誰が歌いだしたかは知られていない。

 ”月桂樹”と呼ばれた男が、恋仲にあった女から離れてしまった話を歌にしたものだとか。”月桂樹”が誰なのか時折論争になるが、貴族なのではないかと言われているのが一般的か。


「”わたしの孤独にカラスは降りて、想いと願いを優しくついばむ、あなたがくれた指輪をくわえて、さあ飛んで彼のもとへ”」


 ひとり、またひとりと、宿屋の窓から顔を出す者が増える。

 先程、勝手口で歌のテストさせていた時と同じ状況だった。ハープを奏で、歌が始まると程なく細い裏道に人が押し寄せてしまったのだ。


「”ああ恋しい月桂樹、気高く微笑む月桂樹、今一度あなたに会いたい、たとえあなたが振り向かなくても”」


 その集客力は十分異常だが、ヴェールの女の目の前を男女の影のようなものが動いているのは何なのだろう。

 女らしき影は男らしき影が消えてしまうと、泣き崩れるような仕草をしたり、翼が生えて舞ってみせたりしている。


 何が異常かと言えば、この光景を目の当たりにして、驚くでも怯えるでもなくただ感動してしまっている事だ。これはローベルト以外の従業員や客にも同じ事が言えた。女の悲恋の歌に、皆の涙が止まらない。

 ハープ使いは南の国の出身らしいが、あちらではこういう催しが流行っているのだろうか。


「”ああ愛しい月桂樹、気高く微笑む月桂樹、わたしの心は側にあるわ、たとえ誰かがそこにいても”」


 最後に女の影は男の背中に寄り添って、男の影と一つに溶けて消えてしまう。


 歌が終わり、ハープの音色がポロンと響いて終わりを告げた。

 静けさ広がるステージで、ヴェールの女が裾をつまんで頭を下げる。


 そして。

 ”大地のリンゴ亭”に、聞いた事がない程の歓声と拍手が巻き起こったのだ。

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