第12話 従者とメイドが望むこと
「ヘルムート、───捜索隊を出せ」
「無理だよ」
アランの短い命令を、ヘルムートは淡々と拒絶した。
「たかが側女一人の為に、そこまでやる事は出来ないよ」
ヘルムートのあんまりな反応に、アランは眉根を寄せた。ヘルムートを眺めるアランの顔は、何か別の誰かを見ているような、そんな違和感のある表情だ。
「…側女を充てておきたいと、リーファを留めていたのはお前だろう?」
「そりゃあね。僕個人に出来る事ならしてあげるさ。君の為にね、アラン」
ヘルムートの勿体ぶった物言いに、アランが何か引っかかっているのは見て取れた。しかし、まだ理解には及ばないようだ。
「でもリーファが城下の外に出た以上、僕が補える範疇を超えてしまってる。
一晩経ってしまった。街道に山賊の類が出ないとも限らない。
死んでしまっているかもしれない状況で、リーファを探す為だけに隊を編成する事は、周りが納得しない」
「…本気で、言っているのか」
アランを見る視界の縁で、その指がぎこちなく動くのが見て取れた。震えている理由が怒りなのか悲しみなのか。案外、どちらともかもしれない。
消沈しているアランを見ていられず視線を逸らしていたら、シェリーがヘルムートの方に振り向いた。
「…ヘルムート様。気持ちは分かりますが、あまり虐めないで下さいませ」
「………僕がこんな事言いたいと思う?」
「だから虐めないでと申し上げているのです」
その言葉の主語が、『アラン』だけではなく『アランもヘルムートも』である事を理解するのに、ほんの少し時間がかかった。
シェリーはしずしずとアランの前に立ち、首を少し傾げて訊ねた。
「陛下は何もなさらないんですの?」
「…なん、だと?」
「陛下は、兵を使ってリーファ様を探す事しかなさらないのかと申し上げております」
「それ以上、どうしろというのだ」
「………陛下」
うっすらと笑みを浮かべたまま、シェリーは更にアランに近づいた。
手を取り合ってダンスでもするような距離まで詰め寄られ、アランも怪訝な顔でシェリーを見下ろす。
アランとヘルムートの”耳”以外には聞き取れない、小さく低い声音で。シェリーの口からドスの利いた言葉が零れた。
「───てめえは、てめえのケツも拭けないクソガキか?」
アランが、一瞬だけビクリと身を竦めた。
自分が言われた訳でもないのに、ヘルムートも歯を噛みしめた。
───シェリー自身はレイヴンズクロフト伯爵家の令嬢で、王家とも縁がある由緒正しき家の娘だ。幼少期はそれは大人しくて、礼節も弁えた美少女だった記憶がある。
だが、今薬剤所で働いている中年女性のエリナが、ラッフレナンドの軍勢と共に魔物の侵攻を食い止めた一件を機に、シェリーの価値観ががらっと変わってしまったらしい。
そのままシェリーに弟子入りをしてしまい、めきめき剣の腕が上達していくと同時に、言葉遣いまで当時のエリナに似てきてしまったのだ。
エリナもかなり
常にという訳ではなく、シェリーが激怒するような事態にならなければこうまで酷くはならないのだが、それにしても心臓に悪いのは確かだ。
ヘルムートの拒絶と、シェリーの態度と言葉。
それらを得て、アランもようやく気が付いたようだ。ふたりがどうしてほしいと望んでいるのかを。
「………………王に、城を出ろと言うのか…?」
少し後ろへ下がり、スカートの裾をつまんで典雅に頭を下げるシェリーの表情は、いつもの穏やかな笑顔に戻っていた。
「それほど、声を荒げて探そうとなさるのであれば、という話です。
…そういえばヘルムート様。確か翌週、東方へ視察がありましたわよね?」
話を振られてヘルムートは記憶を掘り返す。建前を求めるならそこしかない。
「お忍びで下見に行くなら、今日の内に最低でも五日分の仕事は片付けておかないとね」
「あら、少し前に三日分こなされた陛下であれば容易い事でしょう。
いっそ七日分片付けて頂きましょうか」
「………………………」
より酷いノルマを課されてしまい、アランは片手で顔を覆って黙り込んでいる。
『まさかこんな事になろうとは』と思っているのだろう。自分の他愛ない言葉が、結果的に自分の首を絞める羽目になってしまった。
もちろん、リーファを探さない選択も出来る。
目的地がガルバートと分かっているし、ヴェルナであれば記憶を無くしたとしてもリーファを無下にはしないだろう。
リーファが無事ガルバートへ到着するかは分からないが、ヴェルナに手紙を一通送って反応を待ってから対応する手だってある。
だが───時間をかなりかけて、アランはヘルムートに指示をした。
「…明朝、出掛ける。皆に、通達を」
「了解」
ヘルムートが快諾するとアランは
一国の王の情けない後ろ姿を目で追いかけながら、ヘルムートはシェリーに訊ねた。
「君も割と大概じゃない?」
「わたしはヘルムート様と違って、それなりに態度は示しておりますから。
ヘルムート様に叱られるよりかはマシではないでしょうか?」
控えていたメイド達に仕事に戻るよう伝えていたシェリーが、不敵に目を細めてしれっと答えてきた。
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