第11話 一方、側女がいない城では

 リーファの姿を城の誰もが見なくなって丸一日が経過した、ラッフレナンド城の城壁門前。

 雲一つない晴れ晴れとした朝日の中、陽気に不釣り合いな怒号が響き渡る。


「あの馬鹿女はどこだ!!」


 アランが物凄い剣幕で城壁の衛兵達に怒鳴っているが、誰もが恐縮するばかりでそれ以上の進展はない。


 昨日の昼間の内は『その内見つかるだろう』と楽観視していたアランだったが、午後の休憩時には戸惑いが顔に出るようになり、日が沈んだ頃になると焦りの色が濃くなっていった。

 周りに促され渋々寝室に戻って行ったが、香を焚いてもあまり眠れなかったらしい。最近は見せなくなっていた親指の爪を噛む癖が再発していた。


 念の為、本城の地下から最上階の王の寝室まで、食堂や監獄まで兵士を使って探させたが、やはり収穫はなしだ。

 禁書庫の司書室は入室出来なかったが、爺の存在をリーファが覚えていなければ、恐らく立て篭もっている可能性は低い。


「アラン、機嫌悪いね」

「”セイレーンの声”を聞いていないせいで、禁断症状が出ているのではありませんの?」

「ありそうだね」


 メイド長のシェリーと会話をしながら、ヘルムートは遠巻きにアランを眺める。

 ───と。


「シェリー様!」


 小走りでシェリーに近づいてきたのは、五名の女性達だった。彼女達はこの城のメイドで、城下に行かせていた為か全員私服姿だ。


「城下の雑貨屋で、このような物が売られておりまして…!」


 メイドの一人、サンドリーヌが差し出したのは、フリルがふんだんに使われた紺色のワンピースだった。スカートの裏側にラッフレナンドの国章が刺繍されている。


 シェリーがその服を確認して、確信と共に小さくうなずいた。


「間違いありません。わたしがリーファ様に着付けたお洋服です。

 このお洋服を売りに来た女性は、どちらに?」

「店主の話だと、東の方へと向かわれたそうです。ガルバートの方へ行きたいと仰っていたと。

 それで、マゼストとラッフレナンドを行き来している荷馬車に便乗して行かれたそうです」


 ラッフレナンド城は毎日、各地から様々な物を取り寄せている。村や町をリレーのように持ち運ぶスタイルになっていて、東方面から届く穀物や野菜の類はマゼストを経由して届く事が多い。


 ラッフレナンド城から外へ送る資材はそう多くはないが、城下には南方面からの資材の中継倉庫があるはずなので、城から出た荷馬車が城下の店を経由する可能性はある。


「ガルバート…?一体、何故」

「さあ…そこまでは…」


 シェリーの問いに、サンドリーヌは困り果てた様子で言葉を濁す───と。


「…ガルバートにはヴェルナ=カイヤライネンがいる」


 いつの間にか、メイド達の後ろにアランが立っていた。


「ひぅっ…?!」


 寝不足と不機嫌が入り混じった酷いアランの表情に、サンドリーヌが言葉にならない悲鳴を上げそうになっていた。他のメイド達と一緒に慌てて道を開け、アランに深々と頭を下げる。


 シェリーはメイド達が作った道を踏み出し、アランの視界からメイド達を遮った。王に驚き怯えたくらいで『不敬』と罰するアランではないが、今の機嫌の悪さでは何をするか分からないと思ったのだろう。


「確かに、ガルバートはヴェルナ=カイヤライネン様のご実家ですが…それが何か?」

「…リーファは、か………彼女、と、文通をしていたようだった」


 ”彼”と言いそうになって”彼女”と言い直すアランを見て、ヘルムートは肩を竦めた。

 ヴェルナ=カイヤライネンは戸籍上は女性扱いだが、本当は男性だったという事実は伏せられてる。そこを気にするだけの余裕はないはずなのに。


「あちらからの手紙で、確か………『寄る辺がなければガルバートへ』と誘う文が来ていたはずだ。

 あの時のリーファは、行く気はなかったようだが…」

「…そういえば、お部屋に封筒が落ちていましたわね。

 中身はなく、引き出しの中にも何も残っておりませんでしたが…」

「慌てて持ち出したのだろう。

 …読んだのだろうな。自分を救ってくれる者がいると」


 アランの言葉に、ヘルムートはリーファの心境を推察した。


 きっと必死だったのだろう。記憶もないままアランのでまかせを真に受けて、何かないかと部屋中を漁ったに違いなかった。

 そうして見つけた自身を救う手紙。すがらないはずがない。

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