第10話 吟遊詩人ペアの誕生

「ああでも、リーファちゃんのはあんたの声とはちょっと違うかもしれないねえ」


 フランカの指摘に、ジョッキを傾けていたニークの手が止まった。


「へえ。何故だい?」

「歌だけじゃないっていうかさ。普通に喋ってる声もよく聞こえるなあって思ったのさ。

 ここに戻ってくるまでのあんた達の会話、リーファちゃんの声だけはっきり聞こえたんだ。

 それに───ほら」


 フランカが席を立ち、玄関の方へと歩いていく。

 ノブを回し、乱暴に押し開けると。


 ───がちゃん、どかっ


「え」


 そこに複数の男達が立っていた。一人は張り付いていたのか、扉が開いたと同時に転んだらしく、尻もちをついている。


 ニークの顔馴染みらしい彼らは、苦笑いを浮かべて弁解しだした。


「や、やあニークさん、こんばんわ」

「今日はいい天気だねえ。月がきれいだよ、うん」

「散歩してたらここまで来ちまってさあ………べ、別に、何か用って訳じゃ───」

「───おら!見世物じゃないんだよ。帰った帰った!」


 フランカが男衆に一喝してみせると、彼女よりも一回りは大きい彼らはまるで蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「「「し、失礼しやした~」」」


 男衆が去って行って、フランカは、ふん、と鼻息を荒くして扉を閉めた。


 一部始終を見ていたニークが、顎をさすって眉根を寄せる。


「…ほお、こりゃ大変だ」


 リーファも、この光景に目を疑った。

 窓を全開にしているとはいえ、他愛ない会話だけでこれだけ人を寄せてしまうなんて。記憶を失う以前は、一体どうやって過ごしていたのだろうか。

 口元に手を当て声を抑えるように努めながら、リーファはニークに聞いた。


「…あ、あんまり喋らない方がいいですね…私」

「そうだなあ。早めに村は出た方がいいかもなあ。連中の仕事の邪魔になっちまう」

「はい…」


 リーファは肩を落とし、目を伏せた。


 ただ喋っているだけで迷惑というのは悲しい話だが、日常会話にも支障をきたす以上、あまり村や町への長居はしない方がいいのかもしれない。

 幸い、所持金に加えて先程のチップもあるし、当面は路銀に困る事はなさそうだ。独りで目的地に向かうだけなら声を出す機会も少ないだろう。


(明日の朝、出来るだけ早くに村を出よう…)


 しょげながらも明日の予定を考えてたら、サンが急に立ち上がった。


「───よし、決めた」


 何事かと見上げていたら、サンはリーファに思ってもない提案を持ちかけてきた。


「あんた、オレと一緒に行かないか?」

「…え?」

「まだ声はこんな状態だし、オレが演奏して、あんたが歌って稼げばいいと思ったんだけどさ」


 確かに、サンの声はまだれていて、とても歌える状態ではなさそうだ。


(私も、一人旅はちょっと怖いなって思ったしなぁ…)


 今後、アンセルムのような者に絡まれないとも限らない。旅慣れしている人が一緒にいてくれるのは、リーファにとってもありがたいのだ。

 でも、一応聞いておかないといけないだろう。これが叶わなければ意味がない。


「…私、東にあるガルバートって場所に行きたいの。そこまでで良かったら…」

「………へえ、東かあ………まだ行ってないんだよな。面白そうだ」


 サンの反応を見るに、問題はなさそうだ。


 町や村を渡り歩いて、歌と楽器でお金を稼ぐ。サンの演奏とリーファの歌を合わせれば、案外何とかやっていけるかもしれない。


(お金が貯まったら何買おう…。

 ショートソードは買い替えろ、ってあの店主さんは言ってたし………装備を整えた方がいいのかな…。

 ああでも、人に会いに行くんだし、手土産の一つも持って行かないといけないかも…)


 稼ぐ目途めどが立った途端、欲が湧いてきてしまう。何とも現金なものだ。


「…東に行った事はないって事は、嬢ちゃんは南から来たのかい?」

「ああ、シュリットバイゼ出身だ」

「へえ、やっぱり。あちらは芸術の国だからねえ。

 あたしは音楽はさっぱりだが、ブレーヴェの町で買ったオカリナの音色は良かったよぉ」

「最近は、金管楽器も良いのが作られるようになってるらしいぜ。

 まあ、オレのオススメは弦楽器だがな」


 フランカとサンの音楽談義に花が咲いている。ニークも、その会話に相槌を打つ。


「アーシーやビザロはここよりもずっと広い町だ。宿屋に芸用のステージもあるそうだよ」

「お、いいねえ。町に居座って、荒稼ぎしてやろうぜ」


 リーファは席を立って、サンの側に近寄った。右手を差し出して名乗る。


「私、リーファ。リーファ=プラウズ。よろしくね」

「改めて名乗るぜ。サン=ルタルデだ。

 ま、短い間になるだろうが、よろしくな」


 サンもリーファの手を握り返した。

 リーファの手と違って、大きいたこがいくつも出来ては治った痕のある手だ。力強さすら感じるその手は、彼女の成り立ちを物語ってくれそうだ。


 即席のペアが決まり、ニークは満足そうにうなずいた。


「嬢ちゃんのハープもなかなかのもんだった。

 もしかしたらすごい有名な吟遊詩人ペアになるかもしれんね。

 …さあ、そうと決まれば特訓だ」

「え?」


 席を立ってリーファの肩を叩いたニークは、何故だか楽しそうに鼻を鳴らした。


「歌える曲が一つじゃあ、お客さん飽きちゃうだろう?

 こうなったらわたしが知っている歌を全部教えようじゃないか」

「え、え、え、ええ?」


 リーファが戸惑っているうちにサンはそそくさと距離を置き、家を出て行こうと身支度をし始めた。


「お、じゃあリーファ。頑張ってな。オレは宿屋で待ってるから」

「待ちな」

「はっ?」


 サンが自分の荷物を抱えようとしたところで、フランカが扉の前に立ちはだかる。


 いつの間にか、フランカの手には木製の楽器が握られていた。手のひら大の、鳥の胴体部分のような不思議な形状に、穴が幾つも空けられている。話から察するにオカリナのようだ。


「さっきも言った通り、あたしでもオカリナは吹けるんだよ。

 ハープとは違うが、音をさらう位は出来るだろうさ。

 あんたにもしっかり覚えていってもらうよ」

「はあああ?いやちょ、勘弁してよー」

「はっはっは。問答無用」


 逃げようとするサンの首根っこを掴んで、フランカはしたり顔で椅子に座らせた。

 ニークは奥の寝室から一冊の教本を持ってきて、リーファにページを開かせる。


 ───夫婦による、若い歌うたいと吟遊詩人へのレッスンは、深夜にまで及んだという。

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