第6話 鉱山の村でひと悶着
マゼストの村は、南側の山を背にして収まるように作られた集落だ。
村の周囲には森が広がっており、森の中に村を開拓した印象が強い。暗がりの多い土地のようだが、村自体は開けている為日当たりは悪くない。
山の麓から中腹まで、一軒家がちらほらと見られる。街道の通り道にもなっている為、ちゃんと道具屋や宿屋などの施設もあるようだ。
宣言通り、日が明るいうちに村に入った荷馬車は、2階建ての木造の建物の前で止まった。どうやらここが唯一の宿屋らしい。
リーファが御者台から降りると、ニークは宿屋を指差した。
「今日はここに泊まるといい。肉料理がオススメだよ。
まあわたしの一番は、麦酒だがね」
はははっと快活に笑うニーク。
「色々教えて下さり、ありがとうございました」
「わたしみたいのだと、話し相手って言ったら母ちゃんか取引先の兄ちゃんちばかりだからね。
久々に若い子と話が出来て楽しかったよ。これから大変だろうけど、頑張ってな」
「はい!お世話になりました」
「じゃあな~」
ニークが手を振ってくれるので、リーファも頭の上で手を振り返した。やがて、荷馬車はガタゴトと先の道を進んで行った。
荷馬車が遠ざかって、リーファは宿屋の中へと入っていく。
日が陰りだした頃の宿屋の中は、灯りがともされていて明るい。
既にそこそこの人がいて、飲み食いを楽しんでいる。客は男性が多いようだが、女性もちらほらいるようだ。
1階の手前に食事処があり、右側にカウンター席が、奥と階段を上がった2階が寝室らしい。
カウンターにいる、スキンヘッドで猫背の老人に声をかけた。
「あの、こちらに泊まりたいのですが、部屋は空いてますか?」
「今日は部屋がいっぱいでね。相部屋になっちまうけどいいかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「宿賃は、一泊三十オーロ。前払いで頼むぜ。食事は別払いだ」
お金の単位については、城下の店主から教えてもらっている。
金貨一枚で百オーロ、銀貨一枚で十オーロ、銅貨一枚で一オーロだ。
プラチナ硬貨というもう一ランク上の硬貨もあるが、そちらは滅多に使われない。大体この三種類で清算が出来るからだ。
「ええっと…」
相場までは分からないが、そう言われた以上払わないといけない。リーファはショルダーバッグを漁って硬貨を入れた袋を探すが。
「あ、あれ?」
いくら探しても、袋が見当たらない。
バッグの底の変な感触に嫌な予感がして、ひっくり返すと。
「あ!」
よく見ると、ショルダーバッグの底の方に握り拳大くらいの穴が開いていた。底に入れていた赤い宝石すらこぼれかけていて、慌ててバッグに入れなおす。
袋をどこで落としてしまったのか。あるいは城下を出た時点で既に落ちていたのか。
バッグに空いた穴を手で押さえて、リーファはカウンターの老人に告げる。
「お金、ないです…」
「んじゃあ泊める訳にはいかねえな。
道具屋で適当なもん売ってくるかして、金持ってきな」
「そう、ですね…はい…」
肩を落とし、リーファは
道具屋があるそうなので、何か売れるものがあるか相談しなければならない。
(ショートソードはお金になるかな………あとはターバンとか…)
赤い宝石の事もちらりと頭によぎるが、あの大きい城下の店でも買い取りができないと言われてしまった以上、ここでも同じ事を言われてしまうかもしれない。鉱山の村らしいので、少なくとも価値は分かるかもしれないが。
(赤い宝石は最後の手段にしよう…)
とぼとぼと入り口に向かっていると、扉を塞ぐ程の大きい物体に視界が遮られた。
立ち止まってよく見ると、それは大柄な男性の胴体だ。
見上げれば、リーファの身の丈の倍はあろうかという丸刈り頭のいかつい男が立っていた。
明らかに入り口の扉よりも背が高い。どうやって入ったのかと驚きつつも、あまりの巨漢に尻込みしてしまう。
「よお姉ちゃん、何か困ってんのか?」
どうして良いか、何と言っていいか考えている内に、男は不躾にリーファのフードを取っ払ってきた。
リーファの素顔をさらされて、男は上機嫌に口笛を鳴らした。
「ひゅう、かわいい顔してんじゃねーか」
褒められているはずなのに、身が竦むのは何故なのか。理解できないが、質問されている以上答えなければ。
「あ、あの。私、お金落としちゃって…」
「あー。それで宿に泊まれねーんだな?」
「は、はい。だから何か売ってこないといけなくて…」
『どいて欲しいんですけど』と言いたかったが、男がこちらを舐めまわすようにじろじろ見るものだから言葉が詰まってしまった。
男が下世話な笑みを浮かべて、たじろいでいるリーファに言う。
「いいぜ」
「え?」
「姉ちゃんの宿の代金。払ってやってもいいぜ。なんなら飯代もおごってやるよ」
唐突な提案に、リーファは驚いた。
世の中には親切な人が多いものだと、その発言を聞くだけならそう思ったのだが。
しかし、城下の店主のような気前の良さから来る
(何か分からないけど───すごく、こわい)
恐怖だと自覚は出来た。しかし、ここからどう行動すればこの恐怖から逃れられるのか、何も思い浮かばない。
「でも、あの…」
「その代わり………なあ、分かってんだろ?
金がないなら、体で稼がねえとなあ」
「!」
リーファの頬に野太い手が伸びてきて、鳥肌が立った。
がさがさの指が皮膚に触れて痛いが、体が竦んで動けない。
「別に怖い事するんじゃねーんだ。服脱いで、足開いてりゃすぐ終わらせてやっから。
お、もしかして客取るの初めてかい?それならそれで別にいーぜ。優しくしてやっからさあ。
ついでに客を取る時の作法なんかも教えてやるよ、ひひ」
笑い声とともに零れたひどい口臭に鼻を押さえたくなる。
怖気に一歩退こうとしたリーファの腰に、男の腕が伸びようとした───その時。
「はい、はい、はい」
「う、わ?!」
しわがれた声が後ろから聞こえてきたと思ったら、リーファの腕が引っ張られ後方に引き寄せられた。
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