第11話 一難去って

 居城の正面玄関を出て、正面の門に向かって中庭を歩く。

 体が温まっているおかげか、こちらに来た時よりも幾分かは寒さは感じにくい。それでも、しばらくすれば凍えてしまうだろうから、早く外へ出て腕輪を使わなければならない。


「こちらはいつも寒いですね。おじいちゃんは薄着ですけど、寒くはないですか?」

「うん、大丈夫だよ。というか、リーファもグリムリーパーの姿なら寒さは感じないだろう?」

「それが…私は、寒く感じるんですよね。父さんは、全然感じないらしいんですけど」


 ふうむ、とラダマスは腕を組んで考える仕草をしてみせる。


「…なるほどね。人間の時の感覚を、グリムリーパーも覚えてしまっているんだろう。

 心の中で『この気候なら、きっとこの位寒いに違いない』って思い込んでいるんだ」

「…そうかもしれません。実体化していない時は、あまり気になりませんから…」


 あまりにも静かなので気になって後ろを見ると、アランは黙り込んだままちゃんとついて来ているようだ。


「生き物とは不便なものだね…。

 凍えるほど寒い思いをしたり、焼け焦げるほど暑い思いをしたり、死にたくなるほどの辛い痛みを感じたり。

 それが生命を維持する為に必要な機能であったとしてもさ、そんなもの、無ければいいのにと思ったりはしないかい?」


 ラダマスの言葉は、まるで人間である事を放棄するよう求めているようにも聞こえた。

 実際にそういう事が出来るのかは分からないが、もしかしたら他のハーフの者達から、そういった愚痴を聞いているのかもしれない。


「確かに痛いのは嫌ですけど…暑い日に冷たい川に足を浸すのは気持ちがいいですし…。

 寒い時に、暖炉の前で毛布にくるまってぬくぬくするのとか最高ですよ。

 晴れてる日なら、日向ぼっことかもいいですねぇ」


 日々の暮らしが伝わったようで、ラダマスが破顔した。


「おお、日向ぼっこか。一度やってみたいんだよね。ここは日が殆ど差さないから。

 ”此岸しがんかせ”は好きじゃないんだが、試してみようかな」

「? 何か、あるんですか?」

「ああ。グリムリーパー用の装飾品でね。それを身に───おや?」


 ラダマスが、不思議そうな顔でリーファを見下ろして足を止めた。リーファも異変に気づき、足を止める。


 腕にはめていた橋渡しの腕輪から、黒い泡のようなものがぽろぽろと零れている。


「…どうした、何かあったのか」


 アランが仏頂面でリーファに近づいてきた。


「さ、さあ。まだ呪文も何も唱えてないんですが、腕輪が」

「転移の光だね」

「え?」


 何か理解したらしいラダマスの方を見やると、彼はいつの間にかリーファから数歩離れている。

 直後。


 ───ヴオンッ!


「!?」


 腕輪を中心に、リーファと側にいたアランが闇色の巨大な泡に覆われていた。

 リーファもアランも泡の内側から表面を叩くが、まるでガラス窓のように冷たくびくともしない。


「な、なんだこれは!?」

「やれやれ、彼にしては随分乱暴な事をしたもんだ」

「ラダマス様?!これはいった───」


 ラダマスに問いただす間もなく、アランとリーファの存在はその場から消失した。

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