第10話 定期報告・2

「…それで?そちらのアラン君はどうしてリーファと一緒にこちらへ?」

「あ、ええとですね。

 それでその後、務めていた病院の仕事でお城にお邪魔した時があったんですけど…その時、殿下に私の正体が知られてしまいまして。

 お城の地下にわいていた大亡霊を回収したり、先王様の体を蘇生したり、殿下を即位させたり…色々お手伝いで長居していて。

 そういう縁があって、今はお城で陛下付きの…その、小間使いをさせてもらってます、はい」


 自分の立場に対して大分遠まわしな表現をしてみて、リーファは少しだけ良心が疼いた。

 しかしここで『王の愛人をしている』と馬鹿正直に言って、ラダマスの反応を見たいとは微塵も思わない。

『最近会いにこない孫を戦争でもするような勢いで心配してた』らしいこの祖父が、どういう気性の持ち主か、リーファにはまだ計りかねていたからだ。


(陛下は特に何も言ってこないし、この言い方は間違ってないのよね…?)


 ケーキを平らげつつ事の成行きを静観しているアランを盗み見ていると、ラダマスが大げさに反応した。


「これはまた大出世じゃないか。大したもんだ」

「わ、私は何もしてないんですけどね。

 やったのは、せいぜい陛下にかかっていた呪いを解いたくらいで」

「ん?」


 ラダマスの菓子に伸びていた手がぴたりと止まった。怪訝な顔をして、リーファに訊ねる。


「…呪いとはなんだい?」


 急に雲行きが変わった気がして、リーファは戸惑った。しどろもどろと説明する。


「え…えっと。ラッフレナンドの血筋に代々続いていた、不妊に関わる呪いです。

 昔王様と縁のあった女性魔術師がかけたもので、一番愛した異性との間に子がなせなくなる…というものでした。

 陛下が…というより、陛下のお兄様が悩んでいたようだったので、調べて解呪したんですが…」

「ふむ…」


 内容まで聞いて、ラダマスが顎に手を沿え目を伏せる。


 その様子を見て、六つ目のプチケーキに手を伸ばそうとしていたアランも、眉根を寄せてリーファに顔を向けた。


 リーファの背中にどっと汗が沸いた気がした。何かとんでもない事をしてしまった気がする。


「あ、あの、まずかったですか…?」


 声をかけられ、ラダマスは思い出したように顔を上げた。愛想の良い笑顔をリーファに見せる。


「ん?いやなんでもないよ」

「でも…」

「…あの国は大の魔術師嫌いだと聞いていたからねぇ。

 魔術の素養を持っているリーファが、蘇生はともかく解呪までしてしまって大丈夫だったのかと、それだけさ」


 呪いの問題ではなく、リーファの心配をしてくれているだけだったようだ。

 変に気を遣いすぎていたと自覚して、リーファはほっと胸を撫で下ろす。


「あ、ああ。そういう事ですか。

 えっと…そうですね。私も町にいる時は、魔術は使わないようにしてましたね。

 そこは、父さんからも言われてたので。

 でも城に入ってからは…陛下に洗いざらい言ってしまったのもあるんですけど、魔術を少し使えるって事で居させてもらってます。

 も、もちろん、グリムリーパーである事は隠してますよ?魔術も、使う事は滅多にないですし…」

「───先王は」


 急に口を開いたアランを、リーファもラダマスも見やる。


「ラッフレナンドの先王オスヴァルトは、魔術というものに深く関心を示していた」


 ぼそっとだが、耳に良く通る声音で、アランが間を繋げた。


「我が国は魔王領と隣接している。

 魔物どもは魔術に長けている故、魔女を排斥し続けていた我が国は対抗手段に乏しい。

 即位の折に発生した魔王軍侵攻を機に、先王は魔術師の起用を考え始めたのだ。

 建国に関わった魔女の聖女認定を皮切りに、勉強会と称して国外の魔術師の招き入れも検討していた」


 初めて聞かされる話に、リーファは眉根を寄せた。


「…聖女認定って、そういう理由があったんですか?信奉する人が多かったって…」

「それも事実だ。先王にとっては都合が良かったのだろう」

「でもその様子じゃ、まだ本格的な受け入れは難しいと見えるね」


 ラダマスからの指摘に、アランは感情を押し殺して目を伏せた。その表情から察するに、計画は順調とは言えないようだ。


「…貴族側からはある程度理解は得られているが、受け入れがたいと考えている者もいるのは事実だ。

 こればかりは環境を整えていく以外に方法はない」

「長らく続く確執だろう。一朝一夕とは行かないだろうね。

 …リーファ、お城は居づらくはないのかい?」


 ラダマスの心配するような問いかけに、リーファは笑顔を取り繕う。


「大丈夫ですよ。皆さん、とてもくしてくれてます。

 …ただ、お城を出る機会があまりないので、こちらにお邪魔するタイミングがなくて…。

 遅くなってごめんなさい。おじいちゃん」

「いいさ。リーファの元気な姿が見られるなら。それで十分だよ」


 一通り報告を終えて、ようやくリーファは本題を提示した。アランを連れ立っているのだから、これ以上は長居はできない。


「で、ですね。本題に戻るんですけど…。

 今回陛下をお連れしてしまったのが、リャナの橋渡しの腕輪の力に巻き込まれてしまったからなんです。

 …私がもたもたしてたので。はい。

 陛下はお忙しい身なので、早々に戻りたいと思うんですが………おじいちゃん、ラッフレナンドへ戻る宝石はどちらになります?」


 席を立ち、リーファはラダマスの側へ寄って橋渡しの腕輪を見せた。


 ラダマスは、ぐりん、と腕輪を眺め回して、緑がかった空色の石を指差した。


「確かこれだったね。緑玉髄りょくぎょくずい。ラッフレナンドは緑と水の豊かな土地だからと、この石にしたはずさ」

緑玉髄りょくぎょくずいですね。助かりました」

「もう行ってしまうのかい?」


 少し寂しげに顔を曇らせたラダマスを、リーファは子供をあやすように笑う。


「また、日を改めてお邪魔出来ればと」

「そうか…もう少し一緒にいたかったが、では次に会うのを楽しみに待つとしよう」

「───あ、そうだ。魂が大分貯まってしまったので、預かって欲しいのですが」

「ああ、そうだね。では、預かろうか」


 ラダマスが目の前で手の平を広げると、ジジ、と羽虫の飛ぶような音が鳴った。

 おもむろに手の中に綺麗な玉が出現する。水晶のように透き通っているが、角度によってころころ色を変える虹色の玉だ。


 リーファは左腕を前へと差し出し、グリムリーパーの手甲を実体化させる。手甲の宝珠から次々とわき出でる大量の魂達が、あっという間に部屋の天井に溢れかえる。


 がた、と音が聞こえた。見やると、眉間にしわを寄せたアランが椅子を引き、寄ってくる魂達にやや尻込みしていた。


 部屋の中を好き勝手に動き回る魂達に、ラダマスは優しく声をかけた。


「わたしの城へようこそ、紳士淑女諸君。

 わたしはこの城の主、ラダマスというものだ。

 君達は色々な経験を、想いを抱えて死を迎えたのだろう。

 家族に看取られ死んだ者、賊に襲われ殺された者、姦計に陥り自ら死を選んだ者。

 皆、多様な生き様を駆け抜けてきた事と思う。

 だが、ここは君達のいた世界ではない。

 巨万の富も、むせび苦しんだ過去も、ここにありはしない」


 ラダマスの声かけで、魂達の動きが鈍くなっていく。


「全ての者にとって、この地は平等に出来ている。身分の差も男女の差も存在し得ない。

 自由な姿を取り、自由に振舞うといい。君達が望む様、取り計らう努力もしよう。

 そして皆にあまねく訪れる終末に備え、どうかひと時の安らぎを受けて行って欲しい。

 ───さあ」


 虹色の玉を掲げると、まるで誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、魂達が玉の中へと入っていく。

 五十位はあったであろう魂達は、一つの巨大な発光体のようにひしめき合いながら融けていく。

 さほども時間はかからず、部屋中に飛び回っていた魂達は、全てその玉の中へと吸い込まれていった。


「随分溜め込んでいたんだね。…何か流行り病でも?」

「どうでしょうか。お城の中だとそういう話は聞かなくて…。

 ああでも、私がお城に入る前に風邪が流行ったので、そのせいかもしれません」

「リーファも気を付けるんだよ。病は、人の多い場所で貰ってしまうことが多いから」

「そうですね。ありがとうございます」


 ラダマスがいとおしそうにその虹色の玉を撫でると、それは霧のように消えてしまう。


 リーファは、無表情のままこちらを眺めているアランに声をかけた。


「陛下、そろそろおいとましましょう」

「───ああ」


 アランの声音が、何故だか薄ら寒く聞こえてきた。

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