第10話 怒り

「ただいま」

ボソッと呟いて玄関のドアを開けた。返事はない。ただ、リビングからママの笑い声が聞こえてくる。

リビングに入る。嫌だけど、リビングを通らないと洗面所で手を洗うことは出来ないから。

「あ、サキ、おかえり」

「あ、うん」

お姉ちゃんに言われたけど薄い対応しか出来ない。横からは「それで? 続き聞かせてよ」と、お姉ちゃんの話に興味津々なママの姿。

洗面所で手を洗って、うがいをする。それで、ダイニングキッチンでグミの袋を取って2階の部屋に入る。でも、ママとお姉ちゃんの話し声は執拗いくらい聞こえてくる。

「……うざい」

我溜があたしの心の中で生きている。お姉ちゃんがママを盗った。お姉ちゃんは悪くないのに。

「サキー!お母さんがプリン買ってきてくれたから食べよー!」

下からお姉ちゃんの声がした。あたしは何も言わず下に降りた。リビングにはちょっと高いお菓子屋の『ひよこ堂』のプリンが2つ並んでいた。

「百合はこのクリームが付いてるのね。サキはこれね」

お姉ちゃんのプリンは生クリームが上にのっていて、さくらんぼが生クリームの上にトッピングされている。

あたしのは、下にカラメルソースがついたごく普通のプリンだった。

「ほらサキ、早く食べて」

食べる気になれなかったけど、あたしは席について頂きますをした。スプーンを取って震えた手で1口食べる。

「美味しい! お母さんナイスセンス!」

「百合、プリン好きでしょ? だから買ってきたの」

「ありがとう! お母さん大好き!」

プリンが好きなのはあたしなのに。お姉ちゃんが好きなのはショートケーキ、のはずだけど。

お姉ちゃんに変なジェラシーを感じてイライラしていると、プリンの甘さが気持ち悪くなった。トイレに行くほどではないけど、これ以上は食べられないと思った。

「ごちそうさま」

あたしはふた口だけ食べられたプリンを放って部屋に篭った。

それでも、あたしの気持ちは全く変わらなかった。

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