Kiss



「え?麻酔弾?一応の備えしかないよ?……ええと、10発!」


腰のポシェットから緊急用の麻酔弾の入った弾倉だんそうを取り出したベネディを見て、私は安堵あんどうなずいた。


「良かった……。私のと合わせてちょうど20発よ……。ベネディ、任せるわ」


自らのポシェットから同じ麻酔弾の弾倉だんそうを取り出して見せると、ベネディは「え?え?」と狼狽うろたえ始める。

私は意に介さずに説明を始めた。


「正面奥に先頭を駆ける1人。前方3人。右方うほうに密集して5人。斜め左方さほうのやや遠方えんぽう、バラけて大変だけど8人。合計17人よ。見落としは間違いなく無いけれど、もしいたら大変だから1発もしくじらないでね」


ベネディは駆ける速度そのままに慌てて転びそうになる。シルバーのツインテールが揺れて月明かりに光った。


「ちょっ……!ちょっと待って?……ねぇ、カシ?……わ、私が1人でやるの?」


「あ、でも弾数たまかずに余裕があると油断に繋がるし、万が一私も見落とした人に遭遇そうぐうするといけないから、3発抜いておくわね」


3発の弾を抜いてから弾倉だんそうを投げ渡すと、ベネディはあたふたしながら何とか受け取った。


「そ……そんなの無理よ!私……出来っこない!」


貴女あなたなら大丈夫。そうね……、アドバイスするなら、当然胴体は狙っちゃ駄目。ガリヤ人ははやいから素早く動く足も駄目。狙うならお尻か肩くらいがベストね。あ……、もちろん間違っても頭に当てないでね」


ベネディは涙目になり、口をわなわなと震わせながら言葉に詰まってしまった。

私は目を細めて少し首をかしげながら尋ねた。


「怖い?」


「す……少し。でも……、それよりも……。どうしてカシは一緒にしてくれないの?」


「時間が無いの……。私はシロンの所へ行く……」


その言葉を聞いてベネディのツインテールはさかち、開いた右の瞳孔どうこうは瞬時に鮮やかなクラウディアブルーの耀かがやきを宿す。そして驚く程大きな声で叫んだ。


「そ……!そんなのだめぇぇっ!」


「ベネディ……」


「絶っ対に駄目!そんなこと絶対に許さない!カシはいつも1人で背負いすぎだよ!いっつも知らないうちに1人で行っちゃう!駄目駄目駄目駄目!絶っ対にだめぇっ!もうカシだけ危険な所へは行かせない!絶対離れないんだからぁ!」


眉間みけんしわが出来る程にり上がったまゆ。逆立つツインテール。全てを射抜いぬきそうな開いた瞳孔どうこう。早口でまくし立てる言葉。

それはベネディが久しく見せる本気で怒った時のものだった。

私はなんとか彼女をなだめようと静かに声をかける。


「お役目……いつもの任務だから大丈夫よ?それにシロンはね……、いつも私が目的みたいだし、よく相手をするの。慣れた敵だから問題ないわ」


「カシが目的……?」


ベネディのツインテールはさらに逆立った。


尚更なおさらだめぇぇぇっ!そんなキモい奴んとこにカシを1人で行かせないんだからぁぁぁっ!」


(しまった……逆効果。火に油だった)と、私は失言を悔やんだ。

もう収まらないかと懸念した次の瞬間、ベネディは急に元気を無くしてうつむいた。その眉もツインテールも垂れ下がる。

それはまるでシュンと項垂うなだれる子猫のようで、小さく震えながら声を吐いた。


「や……約束を破って勝手に来たのは謝る……。でも……、でも本当に心配だったの……。もう離れたくない。カシは、私のこといらないんだ……。けむたいかな……?」


切迫せっぱくした状況とはいえ……、ベネディの嵐の様な激情は繊細せんさいな心の裏返しだと知っていながら、そう言わせてしまったのは私だ、と心の底から後悔した。

任務が最優先だけれど、ここまで来てくれたベネディの気持ちを踏みにじるつもりなんてもちろん無かった。


「ベネディ……」


私はピオッジアを片手に持ち変えて、並走するベネディの肩を駆けながら掴むと、その右目にそっとキスをした。


「ふぁぁ……」


ベネディの顔は突然のことに驚きながらみるみる紅潮こうちょうして、まるで木天蓼またたびを与えられた猫のようにウットリとする。

彼女が転ばないように少し肩を抱いた。


「ごめんなさい。私も貴女あなたが大好きよ。貴女あなただから頼むの。プレアデスでも屈指の偏差へんさ射撃しゃげき能力(動く目標への照準能力)を持つ貴女あなたに。そもそも私は……、貴女あなたしか頼める人はいないわ」


ベネディはほうけた顔で私を見つめると、

「カシは私が好き、私しかいない。カシは私が好き、私しかいない」

と何度も繰り返しつぶやいた。


「またすぐに合流する。必ず無事に戻るわ。帰ったら2人でお茶会しましょうね」


ベネディはポカンと口を開けながらコクリとうなずく。


「うん……。ディナーしてバスタイムで洗いっこしてベッドで一緒にチュッチュッして寝るぅ……」


「そ……、そこまでは言ってないわ……」


ベネディはこの速度で駆けながら器用に瞳を閉じた。


「もっかぁい……。ちゅぅぅ」


「後でね……。いい子だから……」


il mio gattino私の子猫ちゃん」とささやきながらベネディの頭をそっと撫でる。

ベネディはツインテールをぴょこぴょこと揺らし、右眼をまるできらめく水面みなものように耀かがやかせると、「10分で戻るぅ……」と言い驚くべきはやさと跳躍ちょうやくを見せて穏健派の人々を追いかけていった。


───さて、と……。


私は右のつま先で地面を噛んでかかとで身体を反転させる。

シロンが迫り来るであろう向こうの闇を見つめて深呼吸をした。


───今日こそ……。待っていなさい、ド変態。


一度ほどいたポニーテールを正して赤いヘーベのテールクリップでめ直すと、きりけむる瓦礫の岩肌をき分けるようにねて駆け出した。






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