Art



周囲に気を配りながら、私は比較的瓦礫がれきの高く積もった高台へと真っ先に足を向けた。

この辺りは災いの日にこうむった崩壊によって原型を残した建造物が少ない。

幸か不幸か……。今となっては見晴らしの良くなったことで、穏健派の人々の見落としは無く思えた。


高台に立って振り返る。

防護ぼうごへきの向こうでポツリポツリと明かりをともす街を背景に、お腹の底に重く沈むようなピオッジアの銃声が遠く響いてきた。そのつらなる射撃音のリズムだけでベネディの動きがうかがえる。


───さすがベネディ……。ピオッジアを構えると人が変わる。また腕を上げたみたいね……。ごめんなさい、貴女あなたにまでつらい役目をさせて……。


続けて、脅迫されて無理矢理連れてこられたガリヤの人々を想い、胸を締め付けられるような痛みを覚えた。


───あるいはリヒトなら……。……いいえ、きっと間に合わない。今はこうするしか手立てが無い。貴方あなた達にも、貴方達の神様からどうか御加護ごかごを……。どうか……。


(ごめんなさい……)と、小さくつぶやき、そっと目を閉じて祈りを捧げた。

すかさずピオッジアの弾倉だんそうをフィブリーナ銃弾のものに変え、気持ちをシロンへの対峙に切り替えて息を吐いた瞬間、私はかすかな物音と背後から迫る風切り音に気付き、慌てて振り向いた。


「お!流石さすがの反応だねぇ。何何?あっちは仲間に任せちゃったの?そんなに俺に会いたかったのかよぉ」


指二本でからくも防いだナイフが、切っ先を私の顔の寸前でギラつかせていた。

ナイフを受け止めて軽く血を流した指の向こうに視点を移す。片脇に板を挟んだシロンがいつもの嫌な笑みを浮かべながら立っていた。


───油断した……。はやい……。もうこんな所まで……。


少し冷や汗をかいた。手投げ弾や接近での不意打ちなら危なかったかもしれない。

私は動揺を悟られないよう気を引き締め直した。


「あなたなんかに会いたい訳無いじゃない。それに背後からナイフなんて……、相変わらず礼儀知らずな人ね……。キモいわ……」


「まぁ、そう言うなよ。挨拶代わりじゃん?どうせ防ぐと思ってたしさぁ……。あのさ、あのさ!それよりも今回は見せたい物があんだよ!」


対峙しても余裕よゆう綽々しゃくしゃくな態度が余計に腹立たしい。

シロンは2手目の攻撃を仕掛ける様子も無く、浮かれながら、持っていた板から布地を払い取ってこちらへ掲げて見せる。


現れたのは1枚の絵画だった。

私は見た瞬間から、余りある嫌悪感と怒りを覚え蟀谷こめかみをひきつらせた。


そこに描かれていたのは、荒廃したこの地区で苦悶くもんの表情を浮かべながら血を流す私と、舐めた顔で舞うシロン。


私は大袈裟にか弱げな乙女に描かれ、シロンはまるで自身が神かのごと誇張こちょうして勇ましく描かれている。


黒と赤を基調にした背景の色使いがも言われぬ不安をあおる中で、私の髪色が際立きわだっていた。

どうやら前回の戦闘をモデルに描いたようだった。


「ひと月丸々掛かったんだぜぇ!超大作だろ?傑作だろ?お前はマジで美人なFair嬢ちゃんLadyだよ。でも、ちょっと血が足りねぇ。もっと血を流せば最高にいい女になるぜぇ。何なら俺の奴隷にしてやっても………あ?」


私は怒りに震えて、先程投げられたナイフを黙って投げ返す。

見事に絵画の中の自分の顔を突き刺さされたシロンは、呆気あっけに取られた顔で掲げた絵画を見上げた。


ドンッ……。


続けて間髪入れずにピオッジアの銃弾を撃ち込み、絵画の真ん中を捉えてシロンの手から弾き飛ばした。


「ああ……、ああ……!」


「キモい……。本当に気持ち悪いわ……。ねぇ?死んで?すぐに死んで?お願いだから今日ここで死んで頂戴ちょうだい?」


シロンは目を見開いて震え始める。絵画を破壊された現実を受け入れる程にき立つ怒りに、どんどん震えを大きくしていくようだった。


「な……、何てことしてくれんだよ……。なぁ?マジでひと月寝不足になりながら描いたんだぜぇ?これだけの傑作は中々出来るもんじゃねぇんだ……。なぁ?お前にわかるかよ?嬢ちゃん……。どうしてくれんだよ、なぁ!……どうしてくれんだっつってんだよ!」


「わかる訳無いじゃない……。それに、別にどうもしないわ?」


「あり得ねえ……、あり得ねえよ!俺の崇高すうこうな芸術を踏みにじるなんてよぉ!何なんだよ!ふざけんじゃねえよテメェ!」


怒りが理性を消していく代わりに、その両眼が際立って鮮やかな赤を灯し始める。

食い縛った歯からやがて雄叫びを上げると、シロンは両手に手投げ弾を構えた。


───何って、気持ち悪い落書きを処分しただけじゃないの……。本当に一生分かり合えないタイプの人間ね。気持ち悪さと腹立たしさで思わず撃っちゃったけど、結果的に挑発成功だわ……。


「我慢ならねぇ……。今日という今日は許さねぇ。前よりも深い赤にひたしてもっと良い絵画のえさにしてやる……。簡単には殺さねぇ……。泣いていのちいする程に真っ赤に染めてやるよ!」


シロンの歯軋はぎしりは頬に血管とすじを浮き上がらせ、ずみ紋様もんようゆがめた。

私はスッと息を整えてつま先でステップを踏みながら、今回の作戦を頭の中で反芻はんすうする。

何者も寄せ付けぬはやさを持つルカとシロンを仕留しとめるための第1段階。


───ノヴォ兄のいる南地区へ2人を誘導すること。相手に消耗しょうもうがあればなお良し……。


想定外の始まりだったけれど、運良くルカは南にいるらしいし、私がシロンさえ誘導することが出来ればここで計画が破綻はたんすることは無い。

ただシロンの疾さに私がかなうはずは無く、追い続けてくる保障もなかった。


それでも挑発に乗りさえすれば、疾さに絶対の自信を持つシロンは怒りに身を任せ、私をなぶりながら追い続けるだろう。

私が思い描く算段は、ピオッジアでの迎撃を繰り返して相手をかわしながら、逃げるふりを続けて南へ向かうことだった。


「命乞いなんてしないわよ。出来るものならさせてみなさい?下手くそな落書きしか描けない……この、変態」


シロンはブルブルと震えながらお腹に力を込め、前にかがむ。踏ん張った足が地面にパキッと音を立てて食い込んだ。


───来る……!


私は真上にトーンと高めのステップを踏んだ。


「さぁ……、始めましょう?生死を賭けた鬼ごっこよ!捕まえてご覧なさいな!」


つま先が着地した瞬間、私は奴の面前にピオッジアの一撃を放ち一瞬の足止めをする。射撃の反動を利用して後方に背面宙返りをすると、南方へ向かって真横に駆け出した。


「待てこのアマぁぁっ!」


「待つわけ無いでしょう?!」


いつも人を小馬鹿にした態度のシロンがここまでたけくるうのは珍しい。挑発は上手くいった。自分の作品を駄目にされたのが余程よほど許せなかったのか、考えもなく自らの疾さのみを頼って手投げ弾をらしてくる。


───やっぱり兄弟ね……。キレたら兄にそっくり。


私は横目でシロンの動きと手投げ弾の軌道を一瞥いちべつすると、左右に揺さぶりを掛けながら障害物を超えていく。

爆炎を上げて襲いかかる衝撃波に身体がさらわれそうになっても、逆にそれを利用して左手で側転しながら、右手一本でピオッジアを撃ち放って距離と時間を稼ぐ。


「ちょこまかと小賢こざかしい!」


「その程度?こっちよ!楽しい夜になりそうね!」


「るっせぇっ!」


響き渡る憎悪の爆音とかすかにささめく2つの吐息。

シロンの白い残像と私のブロンドの影がたわむれるように暗闇を疾走していく。


息の詰まる舞踏ぶとうは、眠りにつきかけたの地の静寂を許さず、夜のとばりの下りる速度を落としながら明滅めいめつする光となった。



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