第14話 Fair Lady (カシミール)

Breakthrough








        雪が降っている           

      深深と舞い落ちる雪が……

       私の心を埋めてゆく













困惑のままに私は駆けた。

彼等の霧散むさんした涙が煙霧えんむまぎれて迂闊うかつにはぐ追いかけられない。


時折ときおり皮膚をかすめる涙の霧に、ピリピリとしたしびれと熱を感じては横の瓦礫にび移り、また駆ける。


「止まって!……止まりなさい!」


彼等は私の言葉など聞く耳を持たない。ただ一心不乱に街へと迫っていく。

涙を回避する時間の不利益と彼等のはやさがあいまって、私はジリジリと離されつつあった。


───何なの?想定外のさらに想定外よ……。こんなに多くのガリヤ人。それもみんな見たこともない顔……。そんなに泣きながら必死になって……。


私の頭の中は状況への戸惑とまどいと同時に、次第に焦りが芽生めばえ始めていた。

これではらちが明かないまま、街への進入を許してしまう。

それではアリオスに対する作戦どころではなかった。


───くそっ!貴方あなた達にどんな事情があるのか知らないけれど、説得も威嚇いかく射撃も通じないし……。ここまで来たら仕方ないわ!ラズリ……、ゆるしを!


私は足を止めることなくピオッジアを構えると、意を決して先頭を行く1人に狙いを定める。

引き金の指に力を入れたその瞬間、南側から聞き慣れた焦眉しょうびの声が響き渡った。


「カシッ!だめぇぇぇぇっ!」


発砲の刹那せつなに私の指は止められない。それでもかろうじて銃口をらそうとした気持ち一つの分だけ、銃弾は駆けるガリヤ人をけてその足元に着弾した。


「ベネディ……」


「カシ!……あぁん、カシ!無事で良かったぁ!」


ベネディは瓦礫をき分ける跳躍を見せながら追い付くと、息を切らしながら私と並走した。


「どうしてここに?姉さんが許したの?」


「あ……、ええっと……。その話はまた後で。とにかく今は状況説明を!」


直感的にほぼ間違いなくベネディの独断だと思い、ピアナ姉さんのムスッと怒る顔が容易に思い浮かんだ。


「後で一緒に謝りましょう?」


「え……?カシ……、私のために?……好き……」


「とにかく早く説明して頂戴ちょうだい。彼等は何?テロリストにしては違和感ありありだわ……」


「あ、うんうん!えっとね!あのね!」


ベネディは私と足並みを揃えて走りながら、赤らめた頬を正すと状況説明を始めてくれた。

たまに霧をけてびながら呼吸を整え、話の要点を的確に、そして簡潔かんけつに。

私は実状を聞いて驚き、自然といた怒りに思わず目尻がピクリとした。


「なんてこと……。あのアリオス兄弟なら考えそうなことだわ」


「ひどいよね!最っ低だよ!」


「アリオスの連中がゆっくり向かって来てるのはおそらく、脅迫きょうはくした穏健派の皆を遠くから監視しつつ楽しんでいるのね……」


「ホンットに最低!気持ち悪い!」


「ねぇ、ベネディ。こちら側を進むアリオス兄弟の1人、何か特徴までは見えた?」


「え?えぇと……。うんとね……、確か片手に大きな板を持ってて、首や頬にあざみたいな模様が見えた」


───板……?板って何なのかしら?でも首や頬の模様はきっとずみ……。間違いなく弟の方だわ……。


「どうやらこちら側は、芸術家気取りの、弟のシロンだわ」


「うげぇ……。何それぇ。黙って創作だけしてろっての」


「奴にとってはここが創作の場なのよ……。理解出来ないけどね」


一通ひととおりの現状を整理して私は頭の中で対策を急いだ。


───作戦を守るためにも迅速じんそくにシロンの元へと向かわなければならない。

───その為には一秒でも早くこの場を収めなければならないけれど、穏健派の彼等は脅されていて説得も聞き入れてはくれない。

───お腹にそんな爆弾がつけられているなら恐怖と混乱でそれも致し方ないこと。でも爆弾を解除してあげれる訳でもない。これではやはり発砲もやむを得ない。


それでも、ここまで事情を知ってしまった私は、助けてあげられないにしろみずからが彼等の命まで奪ってよいものかと少し躊躇ためらった。


当然、それは街を守るための最終手段としては仕方がないけれど、必死の形相ぎょうそうで駆ける彼等を見て判断に困ってしまい、しばし考えた。


「ベネディ……。麻酔弾……。いくつ持ってる?」






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