降り始めた雪



───……っ……。ってぇ……。


恐ろしい程の威力に脳天をぶち抜かれた……。

瓦礫の影に隠れても身体をぎ倒す爆風と耳をつらぬく爆音に、そこら中がうめきを上げていた。


───な……なんつぅ爆弾だ……。北でも南でも爆発してたみてぇだが、とりあえず街は無事か……。どこも街までは行ってねぇみてぇだな……。


フラフラと身体を起こし状況を確認した。

蹴散らかされた瓦礫。炎を上げている箇所もある。リヒトを探すと、既に立ち上がって叫びながらセリオ達の向かった方角へ走り出していた。


「セリオ!セリオォッ!」


「リヒト!ちょ、待ておい!」


痛む身体を堪えながらリヒトを追う。

暫く走った先には、今まで見たことのない大きさの丸い窪みが口を開けていた。


───い……いくら人数が固まってたとはいえ、こんな威力……。


正直、俺は戦慄せんりつした。

同時に、セリオの名を呼びながら窪みをくだってゆくリヒトの周囲を見て追いかける足が止まってしまった。

全てを吹き飛ばした人智の及ばぬ暴力の後に、リヒトを取り囲むように窪みに現れたもの。


───血霧……。


地面から立ち上るように現れた血霧に包まれて、リヒトは震えて見上げ、膝を着いた。


「あ……。あぁ……。セリオ……」


真っ赤に包まれた世界を、リヒトは手ですくうようにして握りしめるとジッと見つめた。

丁度その時に降り始めてきた雪が、ひらひらと血霧の中を舞って消えていく。俺にはそれがひどく不気味で幻想的な光景に見えた。


やがてリヒトは目を見開いて雄叫おたけびを上げた。


「セ……セリオ……。皆……。あぁ……。あぁぁぁぁぁぁっ!」


握った拳を、気が狂った様に何度も地面に叩きつけてリヒトは南へと走り出す。


「ルカァァァ!絶対に許さない!絶対に!」


「リヒト!落ち着け!おい!」


───完全にキレて冷静さを見失ってやがる!殺されちまうぞ!


血霧のせいで近づけない窪みを迂回うかいして、慌てて再度リヒトを追いかけたが、俺はそのはやさに驚愕した。


───なんだ?コイツ……。こんなにはやかったか?信じられねぇ。追い付けねぇ。


リヒトがつまずいて転んだためかろうじて追いつくことが出来たが、捕まえたその腕は服越しでも驚く程の熱を帯びていた。


「ふぅっ!ふぅっ!」


「落ち着け!そんなんで向かってもあいつらはむくわれねぇだろ!ちゃんと作戦も……」


獣のように自制の効かない怒りにとらわれたリヒトは、荒い息を吐きながらこちらをにらみつけていた。その瞳を見て俺はさらに驚き言葉が出なくなった。


「リヒト……。おま……、その目……」


リヒトの紫だったはずの瞳は、うっすらとブラウンの光沢を宿していたかと思えば次第に赤みを帯びて赤渇色へと変貌していく。


───なんだ?……これ……?


俺は狐につままれたみたいに動けなくなった。

身体の熱さといい、疾さといい、今度は瞳まで……。目の前の状況が理解出来ずに固まってしまった。


「ルカァ!」


リヒトはそんな俺を振り払って再び走り出す。

その疾さはもう追い付けるものではなかった。


「おい!……チッ!ボケがぁ!」


俺は状況の分からないまま舌打ちをして、追い付けるはずのない疾さで消えていくリヒトの背を懸命に追いかけた。


舞い始めた雪は神が奴等をあわれんで降らせたものかわからない。

俺にはそれがまるで散ったセリオ達の魂のように思えた。


ただゆるやかに音もなく、月明かりを吸い込んで闇夜に浮かぶ真っ白い雪達は、やがて地面に横たわると、静かに溶けて消えていった。






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