ナトラシーヌ自然保護区



マトリエの国境を西へ越えると、荘厳そうごんな大自然が私達をちっぽけにする。


まるで街中の喧騒けんそうを描いた壁掛かべかけの絵画の中から、ひたすら遠くまでを描いた壁一杯の風景画の中へと飛び出したかのようだ。


クラウディアとマトリエの両国間に拡がるナトラシーヌ自然保護区は、近隣十数ヵ国で構成された連盟によって『永久えいきゅう不可侵ふかしん』が定められた文字通りの聖域だ。


その面積は広大で、鮮やかな森林、メルヴェイに負けぬ美しいみね、空が地上に落ちてきたかの様な湖、輝く河川が存在している。


この地が各国によって保護区に認定されたのは、その特異とくいな生態系にある。

孤立した島でも無く人類未踏みとうの秘境でも無い。

クラウディアやマトリエ、北のメルヴェイに位置するガリヤなどに囲まれているにも関わらず、何故かこの地に限った動植物の固有種が存在するからだ。


人は自身の理解の及ばぬものを恐れ排除したがる。しかしあまりに強大だと畏怖いふ崇拝すうはいする。

この地は学者のみならず人々の畏敬いけいを集めるのに充分な浪漫ろまんめていた。

かつての帝国主義ダルキアでさえ、この地だけは手を出さなかった。


この地は誰のものでも無い。もちろん戦闘や破壊行為は認められていない。そんなことをしようものなら近隣連盟から一斉いっせい袋叩ふくろだたきにされる。


クラウディアとガリヤの戦争が非難されたのも、ここに隣接りんせつしている国同士であったことも大きな理由の1つだろう。


一つ足を踏み入れるにしても連盟の通行許可がいる。

そして生態調査の場合、さらなる学者認定証が必要だ。近隣国から選ばれた保護区監視員が各地で目を光らせている。


私とリヒトは、当主が口添えして発行してくれた通行の許可証により、この保護区の通行街道を歩いていた。自然保護の為、通行許可証で歩けるのはこの路面だけだ。


深く茂る森林や広大な草原に立ち入るには更なる学者認定証が必要になる。もっとも、知識も無しにこの街道外へ足を踏み入れようなどとは恐ろしくて思わないが。


しばらくリヒトと談笑しながら進んでいたところで、私達は人の言い争う現場に出くわしてふと言葉を止めた。

この路面の要所要所に点在てんざいしている保護区監視員と思われる男性2人と、群青色ぐんじょういろのローブをまとった小さな男の子のようだった。





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