小さな生物学者


「嘘じゃありません。それは本物です!」


「駄目だ駄目だ!ガリヤの学者など聞いたことが無い!しかもこんな子どもが……」


「連盟に違反報告しよう」


「そんな……。お願いします。本当なんです!これから大切な時期なんです!」


少しずつ近付いてくる彼らの声の中身をとらえて私はピクリとした。


───ガリヤ人の生物学者?あんな小さな子が?


私ですら耳を疑った。ガリヤは古来より学識、文化にはけてはいたが、こと生物学に関しては自らの国内ですらうとい。もちろん触れられぬからである。


私達が近付くと彼らもこちらに目を向けた。

マトリエ人らしき監視員の2人。そして誰が見てもガリヤ人だと分かる真っ白で少しくせの、背の低い優しそうな男の子だった。

よわいはリヒトと同じくらいに見える。


「失礼、少しお話が耳に入りました」


「何だ、お前は……。お前もガリヤか……」


横柄おうへいな態度は慣れっこだ。私は冷静と礼節を崩さずにたずねた。


「その子が学者らしき話が聞こえました。私も驚いております。興味本位ですが、もし良ろしければその認定証を後学こうがくの為にも一目見せて頂きたい」


「ガリヤの学者などおらぬ。どうせ偽物だろう。子どものイタズラでこの聖なる地をけがされては困るのだ」


そう言いながら男はぶっきらぼうに少年のものらしき認定証をかざす。

私はそれを手に取ると少し大袈裟おおげさに驚いた顔を作った。


「これは驚いた。まさかガリヤに生物学者が生まれる時代が来ようとは。この連盟印はまさに本物。この少年には神が与えられた大いなる役目が御座ございますな」


「偽物に決まっているだろう!ガリヤ同士でかばい合いか?新たな詐欺さぎ手口か?それに何故ガリヤ人が多民族の子どもと共にいる?まさかお前……人攫ひとさらいか?」


「そんな言い方……!」


侮辱的な言葉に脇に立ったリヒトが思わず怒った顔を見せる。私はふところの鞄から通行許可証を取り出す振り向き様、リヒトにこっそりウインクをしてその怒りを制止した。


男の態度など意にかいさず、私は静かに微笑みながら通行許可証を彼らにかざして見せた。


「とんでも御座ございません。申し遅れました。私、マーニヤ・メンダクスと申します。御覧ください、この私どもの通行許可証にある連盟印とこの子の学者認定の連盟印、全く同じ。まさしく本物に御座います」


理由わけあって私のは偽名だ。しかしもちろん通行許可証は本物だった。

この手のガリヤ人差別には慣れている。そして何より、それも分かってくれている当主は連盟印の上の保証人欄に必ずデカデカとサインをしてくれる。


「ス、スルグレア?クラウディアの?どうしてガリヤ人がクラウディアの署名を持っている!しかも地区当主の物など……」


男達は2人とも目を見開いて言葉を詰まらせた。

これが狙いだ。ガリヤ人同士で連盟印の真贋しんがんを証明したところで彼らのケチは止まらぬだろう。そんなものよりも当主のサインは何より強い。


「戦争は終わったのです。これからは過去をあらため世の為に前に進む時。この少年がまさに次なる時代の姿そのものではございませぬか」


監視員の2人はしばらく口ごもると、手に取ってまじまじと見つめた私の通行許可証を返した。


「し、失礼致しました……」


納得しきってはいない顔ではあったが、男達はもう一度確認した認定証も男の子に返すと黙ってその場から立ち去っていった。






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