「リヒト。ルワカナも毎日一生懸命自分とたたかってる。ここの子達が可哀想かわいそうだとか言ってるんじゃないの。むしろ逆。どこの誰よりも、この子達の命はほこり高く輝いているでしょう?」


私は息を吸った。

院内にあふれる子ども達の笑顔や、やまいに立ち向かう勇気、互いを思いやる温かさを一緒に吸い込んで大きく深呼吸をした。

なんだか力をもらった様で自然と笑顔になれる。皆も一緒に周りを見渡した。


「リヒト。貴方あなたが守ったのよ?」


「え?」


リヒトはキョトンと私を見上げる。リヒトとレノン、2人の頭に手を置いて私は言った。


「レノンもよく聞きなさい。今はわからなくてもいい……でも必ず覚えておくこと。昔はね、今よりもはるかに戦争が絶えなかった。昔なら、子どもに限らず大人でも怪我や病気をしたら、役立たずだって見限られて生きていけない時代だった。でもそんなの大間違いよ。この子達にだって素晴らしい才能があるの。中には素晴らしい絵を描く子もいるし、とても美味しいパンを焼ける子もいる、歌がとても上手な子もいる」


そしてこの子達は何よりも、困難に立ち向かい人を思いやれる素晴らしい才能を持っている。


「でも確かに、平和な世界じゃないとこの子達も生きてやまいと戦うことは出来ない。平和だからこそ皆の命は輝くの。リヒトがつないだ命なのよ?この国を体をって守ったんだもの。ひとりぼっちの命なんて無いわ。貴方あなたも、この子達も、全ての人がつながってるの。命は重いなんて皆は容易たやすく口にするけど当たり前よ、繋がってるんだから。皆が思っている以上に命は重いのよ」


それから、私は最後に静かに言った。


「もちろん、貴方あなたのお父さんも……貴方あなたの中にずっと繋がっているのよ?」


リヒトは立ちくしたまま、静かに一粒ひとつぶ、また一粒ひとつぶと、涙をこぼした。


「私達はみ~んな家族よ。1人でかかえないで、皆とたくさん泣いてたくさん笑いなさい。困った時は何でも言いなさい。そしていつか、困っている人がいたら今度は自分が助けてあげる。そうしてつながっていくの。ね?」


「はい」


リヒトは涙をぬぐうと鼻をすすり、ようやく今日一番の笑顔を見せてくれた。


「カッコさん、ありがとう……」


その笑顔は、私が今まで見てきたリヒトの笑顔の中でも、とびきりの柔らかい笑顔だった。


───良かった。やっとホントの笑顔を見せてくれた。私達の心は少しでもリヒトの心を温めることが出来たかしら。

───リヒト……安心なさい。だれかれも皆、1人じゃないのよ……。


「ブゥゥゥゥゥッ!」


間もなく、ルビーノが白目を向いて鼻血を噴射ふんしゃしながら後ろに倒れる。


「結婚して下さい……。結婚して下さい……」


ブツブツとつぶやきながらピクピクと痙攣けいれんしていた。


───あ、ええっと……いいや。とりあえず無視。


やがて1人、2人と、リヒトの涙に気付いた広間の子ども達が近くへと集まってきた。


「大丈夫?」

「お兄ちゃん泣いてるの?」

「どこか痛いの?」


この子達は、本当にみんな優しい子達ばかりだ。


「ううん、ありがとう。大丈夫だよ」


リヒトは首を横に振って静かにその子達に笑った。

そのわきからレノンが両手を差し出す。朝から持っていた玩具おもちゃだった。


「一緒に遊ぼ」


初めて見たものに驚く様子で、皆その玩具おもちゃに目を輝かせる。

その子達と連れ添って、レノンもリヒトの手を引いて広間の奥へとゆっくり駆けていった。


が息子ながら、レノンも優しい子だ。ぐ育ってくれて私は感激に痺れた。


───はぁぁぁ……やめてよアンタ達。なんだか私が泣けてきちゃうじゃない。


南のビルオレアでもクラウディアの冬風は冷たい。それでも此処ここだけはいつも温かい空気に充ちている。

リヒトを元気づけるつもりが、逆に私がたくさんのものをもらった気がした。


広間で輪を作ったリヒトや子ども達を見て思わず笑みがこぼれた。


───晴れやかだわ……。


窓の向こうの空は、透き通るくらい綺麗な青色で皆を見守っていた。





その後、ピアナ様達と合流した私達はセイリオスの『ソリブ』へ向かう馬車に揺られた。

ルビーノも連れて、私達にねぎらいのディナーをご馳走ちそうして下さるとの事だった。


イータ師長に怒られるからお酒は程々ほどほどまでにひかえよう、と笑っていらっしゃったけれど。


ルビーノも早目の退勤に子ども達の事を心配そうにしていたけれど、ピアナ様からの「滅多めったに無い機会だから」とのお誘いにありがたく同行した。


「安心しきった寝顔だね……」


リヒトとレノンは遊び疲れて、セイリオスに向かう車内で私にもたれ掛かってうたた寝をしている。

その様を見つめてピアナ様は微笑んで静かに言った。


「一体どうやったんだい?今朝とは見違える様にスッキリした顔だったよ」


私達の力じゃない。リヒトに元気を分けてくれたのはあの子達だ。私達がどれだけ頑張ってもあの子達の力には敵わない。


私は意味深に微笑むと、2人を起こさない様に向かいのピアナ様に静かに返した。


「私は何もしてませんわ。1人じゃないよと伝えただけですもの」


その隣でルビーノも嬉しそうに笑った。



院をつ最後に、リヒトはルビーノの許可をもらってルワカナに言葉だけを残してきていた。


ルワカナの部屋はまだ隔離かくりされていて、廊下側から中をのぞく窓は無い。扉越しに本当に言葉だけ。


一瞬、中から鼻をすする音が聞こえた。

ルワカナは泣いていたのかしら。

私も心に響くものがあった。皆の想いがちゃんとリヒトに届いていたんだって。

この時のリヒトの言葉は、つたなくても、とてもぐで力強いものだった。



ルワカナ……リヒトだよ。

久しぶり。ルビーノさんから色々聞いたよ?ルワカナ、頑張ってるって。


僕もたくさんのことがあったんだけど……。ごめん。僕らの約束、1つ破っちゃった。

右手のすみにはそむかないこと……。

あれだけ約束してたのに、破っちゃった。本当にごめん。

いつかルワカナが元気になって会ってくれたら、その時は怒るかな……。


でも僕はこれから、僕らの居場所のために、皆の居場所のために、たくさんのことを背負っていきたいと思う。

もう迷わないよ。皆が教えてくれたから。僕らはいつでも一緒だって気付かせてくれたから。

会えなくても、どんなに離れていても、僕らはずっと繋がってるよ。


また会える日まで、ルワカナ、いつまでも待ってるからね。

必ず待ってるからね。

それじゃ……また、いつか……。

元気でいてね。


いってきます……。








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